コンフォートゾーンは、不安を感じないで、いつもどおりにふるまえる範囲のことです。慣れた仕事、慣れた場所、慣れた人。その中にいるかぎり、心は落ち着いています。そのかわり、新しいことは、身につきません。
「コンフォートゾーンを抜け出そう」という話は、たくさんあります。たいていは、勇気を出せ、小さく始めろ、と書いてあります。私は、そのやり方で、抜け出せたことが、ありません。
私が抜け出せたのは、車の運転です。本当に、嫌でした。抜け出せた理由は、勇気では、ありません。となりに、人を乗せたからです。この記事では、言葉の意味と、3つのゾーンの考え方を先に書きます。そのあとで、私の話と、そこから作った「こわいことは、1人では超えない」というやり方を書きます。
1. コンフォートゾーンとは
もとにあるのは、1908年の、ヤーキーズとドッドソンという2人の心理学者の実験です。ネズミに、弱い電気の刺激を与えて、課題を覚えさせました。刺激が弱すぎると、なかなか覚えません。強すぎても、覚えません。いちばんよく覚えたのは、ほどほどの強さのときでした。緊張と成果の関係は、山の形になります。これが、ヤーキーズ・ドッドソンの法則です。
「コンフォートゾーン」という言葉を、仕事の場面に広めたのは、経営学者のジュディス・バードウィックです。1991年の本で、安心しきった組織では、人が力を出さなくなる、と書きました。
1-1. 3つのゾーン
よく使われるのは、3つの輪の図です。ドイツの教育者、トム・ゼニンガーの「ラーニングゾーンモデル」として知られています。
| ゾーン | 状態 | 起きること |
|---|---|---|
| コンフォートゾーン(安心の範囲) | 慣れている。不安がない | 楽にこなせる。新しいことは、身につかない |
| ラーニングゾーン(学びの範囲。ストレッチゾーンとも) | 少し不安。少し背のびしている | いちばんよく、身につく |
| パニックゾーン(混乱の範囲) | 不安が強すぎる。こわい | 頭が回らない。身につかない。もう二度とやりたくなくなる |
大事なのは、外に出れば出るほど良い、では、ないことです。出すぎると、パニックゾーンに入ります。そこでは、何も身につきません。山の形の、右の斜面です。
1-2. 近い言葉との違い
| 言葉 | 中身 |
|---|---|
| コンフォートゾーン | 不安を感じない範囲。「場所」の名前 |
| 現状維持バイアス | 変えたほうが得でも、いまを選び続ける心の働き。コンフォートゾーンから出られない理由の1つ |
| ホメオスタシス(恒常性) | 体や心が、もとの状態に戻ろうとする働き。出ても、引きもどされる理由 |
| 学習性無力感 | 何をしてもむだだ、と学んでしまった状態。パニックゾーンで失敗を重ねると、起きやすい |
現状維持バイアスについては、現状維持バイアスの記事に、私が22年、同じ家から動かなかった話を書きました。
2. よくある例
- いまの仕事に不満はある。でも、転職の活動は、始めていない
- 会議で、思いついたことがある。でも、言わない
- 昇進の話が来た。いまの仕事が楽なので、ことわった
- 新しい道具やAIを、「いまのやり方で困っていないから」と、さわらない
- 免許は持っている。でも、もう何年も、運転していない
どれも、なまけているのでは、ありません。人の頭は、不安をさけるように、できています。不安をさけた結果として、同じ場所にいます。だから、「勇気を出せ」と言われても、出ません。出ないのが、ふつうです。
3. 私の例|本当に嫌だった、車の運転
私は、東京の月島で暮らしていました。車がなくても、困らない街です。免許は持っていましたが、運転は、本当に嫌でした。こわかったからです。
2009年ごろ、古本の売り買いを教わっていた師匠と、会社を作りました。拠点は、長野県の佐久市です。飲食店の居抜きの物件を借りて、買取の受付と、倉庫と、発送の場所にしました。
そこへ、週に1回、東京から通うことになりました。高速道路を使って、片道でおよそ170キロです。車は、師匠から10万円でゆずってもらった、初代のプリウスでした。
しかも、1人では、ありませんでした。行きは、東京の北区に住んでいた同僚を、家まで迎えに行きます。そこから、佐久まで走ります。帰りは、その同僚を、家まで送りとどけてから、自分の家に帰ります。
3-1. 超えられた理由は、勇気ではなかった
となりに、人が乗っています。この人を、死なせては、いけない。その気持ちは、強迫に近いものでした。こわいから運転したくない、という気持ちよりも、こちらのほうが、強かった。だから、やるしか、ありませんでした。
そして、やめることも、できませんでした。私が運転しなければ、同僚は、佐久に行けません。会社の仕事が、止まります。「今日は、こわいから、やめておく」が、選べないように、なっていました。
毎週、往復で340キロ。これを続けているうちに、運転は、できるようになりました。気がついたら、こわくなくなっていました。勇気を出した記憶は、ありません。
3-2. そのあとで、起きたこと
| 運転ができるようになって、起きたこと | 中身 |
|---|---|
| 仕入れの範囲が、広がった | 店を回って仕入れていた時期に、北海道と四国をのぞく、ほぼ全国を、車で回りました |
| 住める場所が、広がった | いま住んでいる千葉の街は、車があれば、東京にいたころより便利です。駐車場があり、大きな店があり、土日をさければ、混みません |
| 趣味が、できた | 洗車と、コーティングを覚えました。いまは、それが、楽しみの1つです |
| 考えが、変わった | 車に社外品の部品をつけて、手を入れる人を、私は、ばかにしていました。自分でやってみて、楽しさが、分かりました |
| 仕事に、なった | 車につける部品を、海外から取り寄せて売る仕事にまで、なりました(在庫を持たない売り方で、いまは、やっていません。経緯は、無在庫転売の記事にあります) |
運転ができないままだったら、この5つは、どれも、ありませんでした。次に住む街の候補にしている名古屋は、車が前提の街です。運転ができなければ、候補にも、入りませんでした。
コンフォートゾーンの外にあるものは、出る前には、見えません。私は、運転できるようになりたかったのでは、ありません。佐久に行く必要があっただけです。洗車が趣味になることも、車の部品が仕事になることも、出る前には、思いつきも、しませんでした。
4. 私のやり方|こわいことは、1人では超えない
この経験から、私は、こう考えています。恐怖を、1人で超えるのは、むずかしい。人を巻きこんで、無理やり、超える。
1人だと、やめる理由は、いくらでも作れます。今日は、雨だから。今日は、つかれているから。もう少し、準備してから。やめても、だれも困りません。だれも、気づきません。だから、やめます。
人を巻きこむと、3つのことが、変わります。
| 変わること | 1人のとき | 人を巻きこんだとき |
|---|---|---|
| やめたときに、困る人 | いない | いる。約束をやぶることになる |
| 日にち | 自分で、動かせる | 相手の予定があるので、動かせない |
| こわさと、くらべるもの | 「やらなくても、いいか」 | 「この人に、迷惑をかける」「この人を、あぶない目にあわせる」 |
3つ目が、いちばん効きます。こわさを小さくするのは、むずかしい。でも、こわさより大きいものを、反対側に置くことは、できます。私の場合は、となりに乗っている同僚でした。
人は、自分で言ったこと、人と約束したことを、守ろうとします。この働きは、一貫性の原理の記事に書きました。1人で決めたことには、この働きが、ほとんど、かかりません。
4-1. 巻きこみ方
- 相手に、実際の用事があること。「見ていてほしい」だけでは、弱い。私が運転しないと、同僚は、佐久に行けませんでした
- 日にちと、回数が、先に決まっていること。私は、週に1回でした。「できるようになったら」では、始まりません
- 自分のほうから、やめにくいこと。お金を先に払う。人に教わる約束をする。人を乗せる
私は、人に教えるときに、少ない金額でも、お金をもらうようにしています。無料で教えた相手は、やらないからです。これも、同じしくみです。お金を払うと、やめたときに、自分が損をします。払っていなければ、やめても、何も起きません。
4-2. 気合で出るのは、長く続かない
人を巻きこまずに、気合だけで外に出ることも、できます。ただ、気合は、使うと、へります。私の感覚では、気合だけで続けられるのは、長くて2年です。この話は、機会費用の記事に書きました。しくみで出るほうが、長く続きます。
5. 出すぎない|パニックゾーンに入ったら、もどる
1章に書いたとおり、外に出れば出るほど良い、では、ありません。
私は、ブランド品の売り買いを、会社の形に大きくしようとして、人をやといました。結果は、人件費のほうが大きくなって、逆ザヤでした。毎月の数字に追われることが、強いストレスになりました。いま考えると、あれは、ラーニングゾーンを通りこして、パニックゾーンに入っていました。そこでは、人を使う力は、身につきませんでした。私は、小さな形に、もどりました。数字は、パーキンソンの法則の記事にあります。
見分ける目安は、こうです。
| ラーニングゾーン | パニックゾーン | |
|---|---|---|
| 終わったあと | つかれている。でも、前より少し、できるようになっている | つかれている。何が起きたのか、よく分からない |
| 次の回 | 嫌だけれど、行ける | 体が、動かない。眠れない |
| くり返すと | こわさが、へっていく | こわさが、ふえていく |
運転は、毎週くり返すうちに、こわさが、へっていきました。だから、あれは、ラーニングゾーンでした。右の列に当てはまるなら、もどってください。もどるのは、負けでは、ありません。単位を小さくして、やりなおせば、いいだけです。やめることの考え方は、諦める単位を小さくするに書きました。
6. 組織の中にいる人へ
会社は、人を巻きこむしくみが、はじめから、そろっている場所です。
- こわい仕事は、1人で引き受けない。だれかと組む。相手の予定が入ると、日にちが決まります。日にちが決まると、やめられなくなります
- 「やってみたいです」と、人の前で言う。言ってしまうと、引っこめにくくなります
- 人に任せる側なら、いきなり1人で放りこまない。はじめは、となりに乗る。慣れたら、おりる。教える側の考え方は、知識の呪いの記事に書きました
転勤や、異動は、自分では選ばないコンフォートゾーンの外です。私は、学生のころ、地方の工場に配属されるのが、とても嫌でした。いまは、考えが変わっています。会社のお金と、会社の都合で、自分では選ばない土地に住める。1人では、まず超えない線を、会社が、無理やり、超えさせてくれます。
まとめ
- コンフォートゾーンは、不安を感じないで、いつもどおりにふるまえる範囲。楽だが、新しいことは、身につかない
- その外に、ラーニングゾーンと、パニックゾーンがある。身につくのは、少し不安な、ラーニングゾーン。出すぎると、何も身につかない
- 私は、本当に嫌だった運転を、同僚を乗せて、東京と佐久を毎週往復することで、超えた。勇気では、なかった
- 恐怖を、1人で超えるのは、むずかしい。人を巻きこんで、やめられない形にする
- 外にあるものは、出る前には、見えない。運転の先に、住む場所と、趣味と、仕事があった
- くり返して、こわさがふえていくなら、パニックゾーン。もどって、単位を小さくする
関連記事
- 現状維持バイアスとは|住む場所を変えられなかった、私の4つの例
- 一貫性の原理とは|小さな「はい」の使い方
- ラチェット効果とは|いちど上がった生活水準と固定費が、下がらない理由
- 機会費用とは|時間とお金のほかに、もう1つある資源
- 同調圧力とは|全寮制の学校と、仲間と作った会社から離れた話
- 人生を諦める前に、諦める単位を小さくする
- グリット(GRIT・やり抜く力)とは|20年続いた理由は、根性ではなく、行く先のなさと適性だった
- 正常性バイアスとは|「まだ大丈夫」が、いちばん危ない
- 作業興奮とは|意味と、どこまで本当か。エメットの法則との関係と、「やる気が出たら」で1年進まなかった私の直し方
- 自己決定理論とは|3つの欲求と具体例。20年1人で働いて自律性は満点だったのに、2年動けなかった理由
- フロー状態とは|意味と入り方、3つの条件。かせげているのに転売が苦痛になった理由は、表の1マスで説明できた
- 自己効力感とは|意味と高め方、自己肯定感とのちがい。パソコンを何台もこわした高校生が、直す仕事をするまで
- 学習性無力感とは|意味と具体例、ぬけ出し方。「何をやってもだめだった」人の多くは、入った場所がだめだった

コメント