自己決定理論は、「人は、どんなときに、自分から動くのか」を説明する、心理学の理論です。答えは、3つの欲求です。自分で決めている(自律性)、できている(有能感)、だれかとつながっている(関係性)。この3つが満たされると、やる気は、外からの報酬がなくても、つづきます。
私は、20年ちかく、自宅で、1人で働いてきました。上司は、いません。時間も、場所も、やる内容も、ぜんぶ自分で決められます。自律性は、満点です。それでも、約2年、仕事に手がつかない時期が、ありました。お金は、入っていました。欠けていたのは、3つのうちの、別の1つでした。
この記事では、理論の中身を先に書いて、そのあとで、有名な実験、私の例、使い方、この理論の注意点を書きます。
1. 自己決定理論とは
アメリカの心理学者、エドワード・デシと、リチャード・ライアンが、1970年代から組み立ててきた、動機づけの理論です。英語では、Self-Determination Theory。SDTと略されます。
中心にあるのは、「人には、生まれつき、3つの基本的な心理欲求がある」という考え方です。
| 欲求 | 意味 | 欠けると、どうなるか |
|---|---|---|
| 自律性 | 自分の行動を、自分でえらんでいる、という感覚。 | 「やらされている」と感じる。言われたことしか、やらなくなる。 |
| 有能感 | できている、上達している、という感覚。 | 「どうせ、できない」と感じる。むずかしいことを、さける。 |
| 関係性 | だれかとつながっている、だれかの役に立っている、という感覚。 | 「だれのためにやっているのか」が、分からなくなる。 |
自律性は、「1人で、好き勝手にやること」では、ありません。人にたのまれた仕事でも、自分で「やる」と納得してえらんでいれば、自律的です。
1-1. やる気は、「ある・なし」ではなく、種類がある
この理論の、もう1つの柱です。やる気を、量ではなく、質で分けます。
| 段階 | 動く理由 | 例 |
|---|---|---|
| 無動機づけ | 理由がない | やる意味が、分からない。 |
| 外的調整 | 報酬と罰 | 給料が出るから。怒られるから。 |
| 取り入れ的調整 | はずかしさ、不安、見栄 | やらないと、だめな人間だと思うから。 |
| 同一化的調整 | 自分にとって、大事だから | 将来のために、必要だと思うから。 |
| 統合的調整 | 自分の価値観と、一致しているから | これが、自分のやり方だから。 |
| 内発的動機づけ | それ自体が、おもしろいから | やっていると、時間をわすれる。 |
下の段へ行くほど、自律的です。そして、自律的な動機ほど、長くつづき、成績も、心の健康も、良くなる、というのが、多くの研究の結果です。大事なのは、「ぜんぶを、おもしろいと感じる必要はない」という点です。おもしろくなくても、「自分にとって大事だ」と納得していれば(同一化)、じゅうぶん、つづきます。
2. 有名な実験:報酬が、やる気を下げることがある
1971年に、デシが発表した実験です。大学生に、立体パズルを解いてもらいました。パズル自体が、おもしろいものです。
- Aグループ:途中の回で、「1つ解くごとに、お金を払う」と伝えた。
- Bグループ:何も払わなかった。
そのあと、実験者が部屋を出て、自由時間を作りました。部屋には、雑誌も、置いてあります。お金をもらったAグループは、お金が出なくなったあと、自由時間にパズルをさわる時間が、へりました。Bグループは、へりませんでした。
「おもしろいから、やっていた」ことが、「お金のために、やること」に、書きかえられた、と解釈されています。これを、アンダーマイニング効果と呼びます。1973年には、幼稚園児のお絵かきで、「ごほうびを約束された子は、あとで、絵を描く時間がへった」という、似た結果が、報告されています。
ただし、これは、「報酬は悪い」という話では、ありません。1999年に、100をこえる実験をまとめた分析では、次のように整理されています。
- 「やったら、これをあげる」と、先に約束された、物やお金の報酬は、内発的な動機を、下げやすい。
- 予告なしの報酬は、下げない。
- 言葉でのほめ方は、上げることが多い。ただし、「こうしなさい」という統制の色がつくと、下がる。
なお、この効果の大きさと範囲については、別の研究者から、「効果は限定的だ」という反論も出ており、議論がつづいてきました。「お金を払うと、かならず、やる気が下がる」と覚えるのは、まちがいです。
3. 私の例:自律性が満点でも、動けなくなった
3-1. 欠けていたのは、関係性だった
古本の転売を、おもな仕事にしていたころ、私は、約2年、不調でした。利益は、出ていました。それでも、梱包と発送に、手がつきません。発送がおくれて、クレームが入りました。それでも、動けませんでした。
当時、頭にあったのは、「自分は、社会の、だれの役にも立っていない」という感覚です。安く買って、高く売る。買った人の顔は、見えません。ありがとうと言われることも、ありません。3つの欲求で言えば、自律性は、じゅうぶん。有能感も、数字の上では、ありました。関係性だけが、ゼロに近かったのです。
この時期のことは、テレワークでおかしくなる、の記事に、くわしく書きました。
3-2. 教える仕事で、3つが、そろった
いまの仕事は、自分が検証した方法を、人に教えることです。相手が成果を出すと、感謝されます。自分のやってきたことが、人の役に立っている、と分かります。関係性が、うまりました。
進み具合は、メルマガの登録数と、売上を、前の月とくらべて、見ています。伸びていれば、「できている」と分かります。止まっていれば、「何かが、ずれている」と分かります。これが、有能感の、はかり方です。1人で働く人は、だれも成績表をくれないので、自分で、作る必要があります。
3-3. 人をやとって、失敗した理由
私は、人をやとって、仕事を大きくしようとして、うまくいきませんでした。相手にも、自分と同じ水準を、求めてしまったからです。いま、この理論の言葉で見なおすと、私がやっていたのは、相手の自律性をささえる関わり方ではなく、統制する関わり方でした。時給を、相場より高くしても、それは、外的調整を強くしただけです。
一方、コンサルの相手は、自分で事業をしている人です。成果は、そのまま、本人の収入になります。こちらが高い水準を求めても、本人が、自分でえらんで、ついてきます。同じ私が、同じ水準を求めても、相手の動機の種類がちがうと、結果が、まったく変わりました。この話は、完璧主義とはにも書きました。
4. 使い方:3つのうち、どれが欠けているかを見る
やる気が出ないとき、「やる気を出そう」としても、出ません。3つのうち、どれが低いかを、先に見ます。
いまの仕事(または勉強)について、0〜10点で、入れてください。
いちばん低い欲求:—
いちばん高い欲求との差:—
これは、考えを整理するための、かんたんな道具です。研究で使われている、正式な心理尺度では、ありません。はじめの数字は、仮の値です。診断の代わりには、なりません。気分の落ちこみが長くつづくときは、医療機関に相談してください。
4-1. 欠けている欲求ごとの、手の打ち方
| 低い欲求 | 手の打ち方 |
|---|---|
| 自律性 | 「やるか、やらないか」は決められなくても、「いつ、どの順で、どうやるか」は、自分で決める。理由に納得できない指示は、理由を聞く。 |
| 有能感 | 成果ではなく、進み具合を数字にする。前の月の自分と、くらべる。むずかしすぎる課題は、小さく切る。始め方は、作業興奮とはに書きました。 |
| 関係性 | 自分の仕事の受け手が、見える場所を作る。感想が届く形にする。教える、公開する、だれかと組む。 |
4-2. 人を動かす側の、使い方
- 指示には、理由をつける。
- やり方は、えらばせる。
- 結果だけでなく、上達を、言葉にして返す。
- 報酬は、「やったら、あげる」という条件にするより、あとから、感謝として渡す。
教える側の説明の穴については、知識の呪いとはに書きました。
5. この理論の、注意点
- お金が、いらないわけでは、ない:生活が成り立たない報酬では、3つの欲求の前に、不安が来ます。この理論が言っているのは、「お金だけでは、つづかない」です。
- 自律性は、放任では、ない:何も教えずに「好きにやって」と言うのは、有能感を、うばいます。わく組みと、えらぶ余地の、両方が必要です。
- つづける力の、ぜんぶでは、ない:向き不向きや、ほかに行く先があるかどうかも、つづくかどうかに、ききます。これは、グリットとはに書きました。
6. まとめ
- 自己決定理論は、デシとライアンによる、動機づけの理論です。
- 基本的な欲求は、自律性、有能感、関係性の3つです。
- やる気は、量ではなく、種類で見ます。自律的な動機ほど、つづきます。
- 先に約束されたお金の報酬は、もともとおもしろかったことへのやる気を、下げることがあります(アンダーマイニング効果)。ただし、範囲には、議論があります。
- 私は、自律性が満点でも、関係性が欠けて、約2年、動けませんでした。
- やる気が出ないときは、3つのうち、どれが低いかを、先に見ます。
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