グリット(GRIT)は、長い目で見た目標に向かって、情熱を持ち続け、ねばり強く努力し続ける力のことです。日本語では、「やり抜く力」と訳されます。心理学者のアンジェラ・ダックワースが広めた言葉で、「成功を決めるのは、才能ではなく、グリットだ」という主張で知られています。
私は、物を仕入れて売る仕事と、それを人に教える仕事を、20年ほど続けています。20年と聞くと、グリットが強い人に見えるかもしれません。自分では、そうは思っていません。私は、飽きっぽいほうです。やり方は、何度もやめています。気合は、2年も持ちません。
それでも、続いています。理由を自分で考えると、2つでした。ほかに、行く先がなかったこと。そして、この働き方に、性格が合っていたこと。この記事では、グリットの意味と、その後の研究で分かったことを先に書きます。そのあとで、私の場合に、何が「続ける力」の正体だったのかを書きます。
1. グリットとは
ダックワースは、2007年の論文で、グリットを「長期の目標に対する、ねばり強さと情熱」と定義しました。2016年に出した本が、世界中で読まれて、言葉が広まりました。
有名なのは、アメリカの陸軍士官学校の調査です。入学してすぐに、きびしい訓練があります。毎年、一定の数の人が、ここでやめていきます。だれが残るかを、いちばんよく言い当てたのは、入学の成績でも、体力でも、ありませんでした。グリットを測る質問への答えでした。
1-1. グリットは、2つの部品でできている
| 部品 | 中身 | 質問の例 |
|---|---|---|
| 努力のねばり強さ | うまくいかなくても、投げ出さない | 「始めたことは、最後までやりとげる」 |
| 興味の一貫性 | 関心が、あちこちに移らない | 「新しい考えや計画に、気を取られることがある」(当てはまらないほど、高い) |
日本では、GRITを、Guts(度胸)、Resilience(立ち直る力)、Initiative(自分から動く力)、Tenacity(しつこさ)の頭文字だと説明する記事が、多くあります。これは、あとから作られた覚え方です。ダックワースの定義は、上の2つです。
1-2. 近い言葉との違い
| 言葉 | 中身 |
|---|---|
| グリット | 長期の目標に向けた、情熱とねばり強さ。年の単位の話 |
| レジリエンス | 落ちこんだあとに、立ち直る力。グリットの材料の1つ |
| 自制心 | 目の前の誘惑に、負けない力。時間や日の単位の話 |
| 誠実性 | 性格の5つの大きな特性の1つ。まじめさ、計画性。グリットと、ほとんど重なる(2章) |
| コンコルド効果 | すでに使ったお金や時間がもったいなくて、やめられない。外から見ると、グリットと、見分けがつかない |
最後の1つが、大事です。「やり抜く」と、「やめられない」は、外から見ると、同じです。ちがいは、やめる条件を、先に決めているかどうかです。やめられないほうの話は、コンコルド効果の記事に書きました。
2. グリットは、どこまで本当か
正直に書きます。グリットは、有名になったあとで、研究者から、きびしく調べなおされています。
2017年に、クレデらが、88の研究をまとめて分析しました。分かったことは、3つです。
- グリットは、昔からある「誠実性」という性格の特性と、ほとんど重なっている。新しい発見というより、古いものに、新しい名前をつけた面がある
- 成績や成果を言い当てる力は、あるにはあるが、言われているほど、強くない
- 2つの部品のうち、効いているのは「努力のねばり強さ」のほう。「興味の一貫性」は、成果と、ほとんど関係がなかった
3つ目が、私には、いちばん納得のいく結果でした。興味があちこちに移る人でも、続く人は、続きます。私が、そうだからです。
もう1つ、気をつけることがあります。「成功した人は、グリットが高かった」という話は、残った人だけを見ています。同じくらいねばって、消えていった人は、数えられていません。この見落としについては、生存者バイアスの記事に書きました。
3. よくある例
- 資格の勉強を、3年続けて、受かった
- 営業で、ことわられ続けても、通い続けて、契約を取った
- 合わない職場で、「石の上にも三年」と言われて、3年がまんした。体をこわした
- 部下に、「グリットが足りない」と言う。足りないのは、部下のグリットではなく、仕事の説明かもしれない
下の2つが、グリットという言葉の、あぶない使い方です。続かない理由を、ぜんぶ、本人の根性のせいにできてしまいます。続かないのは、その人と、その仕事が、合っていないだけかもしれません。
4. 私の例|20年続いた理由は、根性ではなかった
4-1. やり方は、何度もやめている
私の20年は、1つのことを、やり抜いた20年では、ありません。
| 時期 | やっていたこと | どうなったか |
|---|---|---|
| 大学のころから | 古本の売り買い | 主軸からは、おりた |
| その後 | ゲーム機や家電を、直して売る | いまも、教える材料になっている |
| 2019年から2022年ごろ | ブランド品を、直して売る。人をやとった | 逆ザヤで、小さくした |
| いま | 書くこと、教えること | 続けている |
ほかにも、輸入、在庫を持たない売り方、FXの自動売買など、手を出して、やめたものが、いくつもあります。数えると、20年で、7回は撤退しています。商品の単位では、もっと早くやめます。出品して24時間の反応が悪ければ、赤字でも、現金にもどします。
ダックワースの質問に答えたら、「興味の一貫性」の点は、低く出るはずです。同じことのくり返しは、稼げていても、苦痛でした。この話は、飽き性は天才なのかに書きました。
4-2. 変えなかったのは、いちばん上の目標だけ
ダックワースは、目標を、段に分けて考えています。いちばん上に、人生をかけた大きな目標。その下に、中くらいの目標。いちばん下に、今日やること。グリットが強い人は、下の段は、どんどん入れかえる。上の段は、変えない。
| 段 | 私の場合 | 変えたか |
|---|---|---|
| 上 | 会社に勤めずに、自分の頭で考えたことで、食べていく | 変えていない |
| 中 | 古本、修理、ブランド品、教える仕事 | 何度も変えた |
| 下 | どの商品を仕入れるか。どの記事を書くか | 毎日、変えている |
こう並べると、私は、下と中を、やめ続けることで、上を守ってきたことになります。中の段に、しがみついていたら、どこかで、上の段ごと、たおれていました。やめる単位を小さくする話は、諦める単位を小さくするに書いています。
4-3. 続いた理由①|ほかに、行く先がなかった
私は、会社に勤めたことが、ありません。就職の活動では、行きたかった会社の最終面接で、落ちました。そこで、就職への気持ちが、消えました。
だから、うまくいかない時期に、「会社にもどる」という選択肢が、ありませんでした。もどる先がない人は、続けるしか、ありません。これは、根性では、ありません。選択肢の数の話です。
正直に書くと、これは、人にすすめられる状態では、ありません。たまたま、そうだっただけです。ただ、「退路をなくせ」という助言に、いくらかの本当が入っているのは、このためです。
4-4. 続いた理由②|性格が、この働き方に合っていた
こちらのほうが、大きいと思っています。
私は、内向的な性格です。1人でいることが、苦になりません。20年近く、ほとんど自宅で、1人で働いてきました。人と会うのは、教えている相手との通話と、たまの用事くらいです。それで、平気です。
自分で考えて、うまくいかなかったところを見つけて、直す。このくり返しも、苦になりません。だれかに言われなくても、やります。
1人で商売をする仕事は、この2つができないと、続きません。だれも、見ていません。だれも、ほめてくれません。だれも、まちがいを教えてくれません。私にとっては、それが、ふつうの状態でした。だから、続けるために、がんばった感覚が、あまり、ないのです。
人がグリットと呼んでいるものの、かなりの部分は、これだと考えています。その人にとって苦にならないことを、やっている。外からは、ねばり強く見えます。本人は、ねばっていません。
逆の例もあります。私は、人をやとって、育てることが、できませんでした。相手にも、自分と同じ水準を求めてしまうからです。どれだけ続けても、うまくならなかったと思います。あそこで、ねばらなくて、よかった。この話は、ピーターの法則の記事に書きました。
4-5. 気合で続けた時期は、こわれた
合っていないことを、気合で続けた時期もあります。古本の売り買いを主軸にしていたころ、2年ほど、調子をくずしました。稼げていても、楽しくありませんでした。発送が遅れて、お客さんからの信用を、けずりました。
私の感覚では、気合だけで続けられるのは、長くて2年です。意志の力は、使うと、へります。くわしくは、機会費用の記事に書きました。2年をこえて続いているものは、気合ではない、別の何かで、続いています。
5. 使い方|グリットを、きたえる前に
5-1. きたえるより、合う場所をさがす
2章に書いたとおり、グリットは、性格の特性と、ほとんど重なっています。性格は、かんたんには、変わりません。だから、「グリットをきたえる」より、「いまの自分のままで、苦にならないことをさがす」ほうが、早いです。
さがすときの質問は、「何が好きか」では、ありません。「人が嫌がるのに、自分は平気なことは、何か」です。
| 人が嫌がること | 平気な人に、向いている仕事の形 |
|---|---|
| 1人で、長い時間、作業する | 書く、作る、直す、調べる |
| 知らない人と、毎日、話す | 営業、接客、人を集める仕事 |
| 同じ作業を、正確に、くり返す | 検品、経理、製造 |
| 結果が出るまで、何か月も待つ | 研究、育てる仕事、長い期間の投資 |
| 毎回、ちがう問題が来る | 修理、相談を受ける仕事、立ち上げ |
私は、1つ目と、5つ目が、平気でした。3つ目は、だめでした。だから、同じ商品を、くり返し仕入れて売る形は、稼げても、続きませんでした。1台ごとに、こわれ方がちがう修理は、続きました。
5-2. やめていいものと、やめないものを、分ける
- いちばん上の目標を、1つ、言葉にする。これは、変えない
- その下の、やり方は、やめていい。やめる条件を、先に、数字で決めておく。私は、修理なら2時間、販売なら24時間、在庫なら1週間です(パーキンソンの法則の記事)
- やめるときは、持ちこせるものを、持っていく。古本で身につけた、値段の見かた。修理の技術。売る文章。やり方をやめても、これらは、次の段で使えました
5-3. しくみで、続ける
気合は、2年で切れます。それより長く続けたいなら、気合のいらない形に、しておきます。
- 固定費を、小さくする。悪い月が来ても、やめなくてすみます。続けられるかどうかは、根性より先に、お金で決まります(損益分岐点の記事)
- 人を巻きこんで、やめにくくする(コンフォートゾーンの記事)
- 考えなおす相手を、持つ。私は、1人で内省するのが苦になりませんが、いまは、AIを相手にして、その回数を、ふやしています
6. 組織の中にいる人へ
「グリットが足りない」と言われたとき、または、自分でそう思ったとき。先に、次の3つを、確かめてください。
- その仕事は、自分の平気なことに、合っているか。合っていない仕事を、根性で続けた先にあるのは、やり抜いた自分では、ありません。こわれた自分です
- やり方の説明は、足りていたか。教える側の説明に穴があると、教わる側のねばり強さでは、うめられません(知識の呪いの記事)
- 期待されているか。期待されていないと感じる場所では、だれでも、力が落ちます(ゴーレム効果の記事)
3つとも問題がなくて、それでも続かないなら、場所を変えることを、考えていいと思います。やり方をやめることは、いちばん上の目標を、あきらめることでは、ありません。
まとめ
- グリットは、長期の目標に向けた、情熱とねばり強さ。「やり抜く力」
- その後の研究では、性格の「誠実性」と、ほとんど重なること、効いているのは「興味の一貫性」ではなく「努力のねばり強さ」のほうであることが、分かっている
- 私は、やり方を、20年で7回はやめている。変えなかったのは、いちばん上の目標だけ
- 続いた理由は、根性ではなく、2つ。ほかに行く先がなかった。性格が、1人で考えて直す働き方に、合っていた
- 人がグリットと呼ぶものの、かなりの部分は、「その人にとって苦にならないことを、やっている」
- きたえる前に、合う場所をさがす。質問は、「人が嫌がるのに、自分は平気なことは、何か」
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