「ピーターの法則は間違いなのか」を調べて来られた方に、先に結論を書きます。
ピーターの法則は、間違いではありません。131社・3万8,843人の営業職のデータでも、売れる人ほど昇進し、その人の下についた部下の売上は下がっていました。
ただ、私は、原因を「有能な人が上に行くと劣化する」とは見ていません。上司の仕事が「できなかった理由を詰めること」だと定義されている限り、有能なプレイヤーは、無能な管理者になります。定義を「才能や調子に頼らず、成果が安定して出る仕組みを作ること」に変えれば、この法則は止められます。そして今は、その仕組みをAIで作れます。
この記事では、研究の数字、私がキーエンスの本を読んで思ったこと、上司の仕事の定義、営業を例にしたAIの使い方の順に書きます。
1. 結論:法則は正しい。変えるべきは「上司の仕事」の定義
- 法則そのものは、データで起きている。会社は、いちばん売る人を管理職に上げる。上がった人の部下は、売上が下がる。
- 原因は、上司の仕事の定義にある。「理由を考えさせる」「できる方法を本人に考えさせる」「時間を細かく区切って管理する」を上司の仕事にすると、成果は上司の力量と部下の根性に左右される。つまり、才能と調子に依存する。
- AIを使えば、定義を変えられる。営業なら、許可を取って商談を録音し、AIに分析させる。平均との差と、トップとの違いを見えるようにしてから、上司がその人に合った行動計画を出す。
2. ピーターの法則とは
ピーターの法則は、1969年にローレンス・J・ピーターとレイモンド・ハルが、本の中で示した考え方です。階層のある組織では、人は、自分が無能になる地位まで昇進する。
仕組みは単純です。今の仕事で成果を出した人が、昇進します。上の仕事でも成果を出せば、また昇進します。成果が出なくなったところで、昇進が止まります。止まった地位は、その人がうまくやれない仕事です。これを全員がくり返すと、組織の多くの席が、うまくやれない人で埋まる。これが法則の中身です。研究職で、肩書きが上がるほど自分の研究にテーマの立案やグループの取りまとめが加わっていく様子は、研究員の肩書きの違いの記事で公的資料から比べました。
よく言われる法則を、元の研究にさかのぼって確かめた記事は、ほかにメラビアンの法則(「言葉は7%しか伝わらない」の誤解)もあります。
3. 研究では起きていたのか|131社・3万8,843人の営業データ
この法則を、実際の人事データで確かめた研究があります。アラン・ベンソン、ダニエル・リー、ケリー・シューの3人が、経済学の雑誌 The Quarterly Journal of Economics に載せた論文「Promotions and the Peter Principle」です。営業成績を管理するソフトの会社のデータを使い、アメリカの営業職を調べています。
| 項目 | 論文の数字 |
|---|---|
| 対象 | 131社・営業職3万8,843人・管理職への昇進1,553件(2005〜2011年) |
| だれが昇進したか | 昇進前の売上が多い人ほど、昇進しやすかった |
| 上がった人の部下はどうなったか | 昇進前の売上が2倍の人ほど、管理職としての成果(部下の売上をどれだけ伸ばしたか)が約6%低かった |
| 管理職として成果を出した人の特徴 | ほかの人と組んで売った経験(協業)が多い人 |
| 管理職の適性で選んでいたら | 管理職の質は、実際より30%高かったと推計 |
以前この記事に書いていた「214社・7.5%」は、2018年に出た論文の途中版(NBERワーキングペーパー)の数字です。雑誌に載った版では、上の表の数字になっています。
では、会社はなぜ、管理職に向かない人を上げるのか。論文は、2つの可能性を挙げています。会社の判断がまちがっているか、「売れば昇進できる」というごほうびで全員を売らせる効果が、管理職の質が落ちる損より大きいと見ているかです。
私は、ここに法則の正体があると思っています。昇進は、上の仕事をうまくやれる人を選ぶためではなく、今の仕事をがんばらせるためのごほうびとして使われている。そして、上がった人の仕事の中身は、プレイヤーの延長として決められています。売れる人を「管理職の器」と見てしまうのは、ハロー効果そのものです。
4. 私がキーエンスの本を読んで思ったこと
キーエンスについて書かれた本を読んで、私は、有能なプレイヤーが無能な管理者に上がっていく様子が、日本全体にフラクタルのように広がっていると思いました。会社の大きさや業種が違っても、同じ形がくり返されている、という意味です。
本に出てくる管理は、たとえばこういうものでした。
- できなかった理由を、本人に考えさせる
- どうすればできるかも、本人に考えさせる
- 時間の使い方を、1分単位で区切る
私には、これが昭和や平成の人力パワープレイの極みに見えました。上司が部下を詰め、部下が気力で応える。キーエンスでは通用するのかもしれません。でも、ほかの会社がまねをしても、空論で終わると思っています。このやり方は、詰める側の力量と、詰められる側の根性がそろって、はじめて回るからです。どちらかが欠けた瞬間に止まります。
「自分で考えろ」を、言われた側と言った側の両方をやった
私自身、この形を両側から経験しています。アルバイト先で、掃除やお客さんへの声かけのタイミングを「自分で考えてやれ」と言われ、やってみると「それは違う、常識だろう」と言われました。逆に、自分が人に教える側では、「自分で考えて改善してほしい」と伝え、相手がやったことに「それはやらなくてよかった、考えればわかったはず」と言ったことがあります。
今の私の見立てでは、これを言う人は、仕事の解像度が浅い。何をどうすれば成果になるかを言葉にできていないから、本人に考えさせる形で丸投げになる。この話はダブルバインドの記事に、細かく管理しすぎて人が育たなかった話はマイクロマネジメントの記事に書きました。
もう一つ、白状しておきます。私には、相手が苦戦していると、最後は気持ちの強さで乗り切るしかないと考えて、「気合」という言葉を使ってしまうクセがあります。根性論を批判している本人が、根性論に寄りかかる。だから私は、上司の善意や気力に頼らない仕組みのほうを信じています。
5. 上司の仕事は「詰める」ことではなく「仕組みを作り込む」こと
私の考えでは、上司の仕事は、できなかった理由やどうすればできるかを部下に詰めることではありません。才能や調子に依存せず、安定してパフォーマンスが上がるように、仕組みを作り込むことです。
例に挙げたいのは、カプコンです。カプコンの開発トップ(江川陽一 取締役専務執行役員)は、統合報告書の中で、ヒット作は偶然の産物ではなく、開発組織全体の連携で作り出すもの、という趣旨を書いています。自社で作ったゲームエンジン(RE ENGINE)を開発の共通の土台にし、「ゲームづくりは人づくり」として採用と育成に力を入れている。天才が一人いるかどうかに賭けるのではなく、組織と道具でヒットの確率を上げる考え方です。
3章の研究で、管理職として成果を出したのが「協業の経験が多い人」だったことも、同じ方向を向いています。上司に要るのは、自分が売る力ではなく、人と道具を組み合わせて全体を回す力です。
| 詰める上司 | 仕組みを作る上司 | |
|---|---|---|
| やること | 理由を考えさせる・方法を考えさせる・時間を細かく管理する | 成果が出る型を見つけ、だれでも同じ動きができるように整える |
| 成果が左右されるもの | 上司の力量、部下の根性と調子 | 仕組みの出来 |
| トップ営業が抜けたら | 成績がそのまま落ちる | 型が残るので、落ち方が小さい |
| プレイヤー時代の強さ | 「自分ならできる」が詰める根拠になる | 型を作る材料になる |
トップの人がなぜ売れるのかは、本人にもうまく説明できないことが多い。できる人ほど、できない人のつまずきが見えなくなるからです。これは知識の呪いと呼ばれます。私も、自分と同じ完ぺきさを相手に求めてしまい、人を育てられませんでした(完璧主義の記事)。説明できないものは、詰めても伝わりません。見えるようにするしかない。そこでAIの出番です。
人を順位で上と下に分けたときに何が起きるか、下位2割を外すと何が起きるかは、働きアリの法則(2:6:2)は本当かにまとめました。
6. AIでこの法則を使う|営業なら「録音→分析→その人に合った行動計画」
私が考えるピーターの法則の使い方は、AIを使って、仕組みを作るときのストレスと、指導のあいまいさを消すことです。営業を例にすると、こうなります。
手順1:相手の許可をもらって、商談を録音する
お客さんに許可をもらって、商談を録音します。録音があれば、日報を書かせる必要がありません。本人が思い出して書く日報より、実際の会話のほうが正確です。
手順2:AIに分析させて、平均との差とトップとの違いを見えるようにする
録音をAIに分析させ、チームの平均と比べてどこがずれているか、トッププレイヤーの商談と何が違うかを見えるようにします。トップの頭の中にしかなかった型が、データとして外に出てきます。
手順3:上司が、本人の性格に合わせた行動計画を出す
上司は、分析結果を見て、本人のパーソナリティを考えたうえで、ストレスなく実行できるアクションプランを考えて提案します。「なぜできなかったのか考えてこい」ではなく、「あなたなら、ここをこう変えるのがいちばん楽だ」を上司の側から出す。考える仕事は、部下ではなく上司が持ちます。
こうすれば、根性論に依存せず、「セールスはアートだ」という言葉に逃げることもなく、全員の偏差値を底上げできます。昇進した元トップ営業にとっても、仕事の中身が「自分が売る」から「型を見える化して配る」に変わるので、プレイヤー時代の強さをそのまま生かせます。ピーターの法則が起きるのは、上の仕事がプレイヤーの延長だからです。延長でなくしてしまえば、止まります。
気をつけたいのは、分析の結果を、詰める材料に使わないことです。数字で詰めれば、道具が新しくなっただけで、やっていることは昭和と同じです。数字を目標にすると数字そのものが壊れていく話は、グッドハートの法則に書きました。
録音と個人情報のルール
個人情報保護委員会は、通話の内容から特定の個人が分かる場合、その録音は個人情報にあたる、としています。そのうえで、録音していることを相手に伝える義務まではないが、利用目的を通知するか公表する義務はある、という見解です。私の提案は、それより一段上の「相手の許可をもらって録音する」を前提にしています。外部のAIサービスに音声を渡すなら、社内で利用目的をはっきりさせ、そのサービスが入力したデータをどう扱うかも確認しておく必要があります。
7. 私の場合|上がるのをやめて、教える側に移った
ここからは、会社員ではない私の話です。私は、中古品を仕入れて、直して、売る仕事を20年やってきました。ピーターの法則は、会社の中だけで起きるものではありません。ひとりで商売をしている人にも、同じ形で来ます。
私は、自分で手を動かして売り買いをするぶんには、うまくやれました。仕入れの判断も、修理も、値付けも、自分でやれば結果が出ます。そこで事業を大きくしようとして人を入れ、ブランド品の修復では外注スタッフ3人の体制まで持っていきました。そこで分かったのは、私は人を育てる側に回ると、うまくやれないということです。売り買いがうまいことと、人を使うのがうまいことは、まったく別の力でした。
私は、その段を上がるのをやめました。人を増やして大きくする道を捨てて、自分ひとりで見られる人数にだけ、やり方を教える仕事に移りました。相手は、自分のお金がかかっている経営者です。育てるのではなく、相手の判断を手伝う。こちらは私に向いていました。経緯は自己紹介と個人コンサルの始め方に書いています。センスで先に行った人たちに負け続けて、それでも続けた話はセンスがいい人は頭がいいのかにあります。
教える側に回る前の実践の時間について、よく言われる「1万時間の法則」が元の研究とどう違うかは、1万時間の法則は嘘?に書きました。
会社の中で、この法則に苦しんでいる人へ
この記事に来る人の多くは、無能な上司の下で消耗している側だと思います。私の考えでは、これは上司ひとりの問題ではなく、自分の働きを買ってくれる相手が会社ひとつしかない、という形の問題です。買い手がひとつしかなければ、評価の物差しはその買い手が決めます。管理職に上がった側にも、この物差しはもう一度来ます。役職定年がある会社では、決まった年齢で管理職から外れ、年収は1〜3割減が多いという調査があります。その年齢と下がり方は社内規定で確かめられるので、役職定年を社内規定から逆算する記事の計算機で家計に重ねておくと、外れた年に慌てずに済みます。上がったあとで自分から管理職を降りる手もあり、その出し方と給料の変わり方は管理職を降りたいときの記事に書きました。
月に数万円でも、会社のほかに、自分の判断にお金を払ってくれる相手を持つ。それだけで、上司の評価は、自分の値段を決めるただひとつの物差しではなくなります。私がやってきた壊れた機械を直して売る仕事は、その1つの形で、始め方は初心者の館にまとめています。会社の空気に合わせられずに苦しい人には同調圧力とはを、評価する人が1人しかいない形については無能ほど権利を主張すると仕事ができないのに偉そうな人を書きました。
よくある質問
ピーターの法則は間違いですか?
間違いではありません。131社・3万8,843人の営業職のデータでは、売れる人ほど昇進し、昇進前の売上が2倍の人ほど、管理職としての成果が約6%低くなっていました。ただし原因は人の劣化ではなく、昇進をごほうびとして使い、上の仕事をプレイヤーの延長として決めている組織の側にある、と私は考えています。
ピーターの法則への反論はありますか?
考えられる反論は、「会社は分かったうえで売れる人を上げている」というものです。研究も、その可能性を挙げています。昇進をごほうびにすると全員ががんばるので、管理職の質が下がる損を差し引いても得だ、という判断です。つまり反論が正しくても、上がった人がうまくやれない形そのものは残ります。
優秀なプレイヤーは、管理職にならないほうがいいですか?
上がるかどうかより、上がった先の仕事の中身で決まります。上司の仕事が「詰める」なら、プレイヤーの強さは生きません。「型を見つけて配る」なら、トップだった人ほど材料を持っています。
キーエンスのやり方はまねしたほうがいいですか?
私はおすすめしません。理由や方法を本人に考えさせ、時間を細かく区切る管理は、詰める側の力量と詰められる側の根性がそろって回るやり方です。ほかの会社でまねをすると、どちらかが欠けた瞬間に止まります。
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出典
- Laurence J. Peter, Raymond Hull『The Peter Principle』(1969年)
- Alan Benson, Danielle Li, Kelly Shue「Promotions and the Peter Principle」The Quarterly Journal of Economics 134巻4号(2019年)https://academic.oup.com/qje/article/134/4/2085/5550760
- 全米経済研究所(NBER)「The Peter Principle Isn’t Just Real, It’s Costly」(2018年、ワーキングペーパー版の紹介)https://www.nber.org/digest/may18/peter-principle-isnt-just-real-its-costly
- カプコン オンライン統合報告書2021「開発トップが語る開発戦略」https://www.capcom.co.jp/ir/data/oar/2021/devtop.html
- カプコン 統合報告書2023「自社構築のゲーム開発エンジン「RE ENGINE」」https://www.capcom.co.jp/ir/data/pdf/annual/2023/annual_2023_tech.pdf
- 個人情報保護委員会 FAQ「顧客との電話の通話内容は個人情報に該当しますか。また、通話内容を録音している場合、録音している旨を相手方に伝えなければなりませんか。」https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq1-q1-10/
