レモン市場は、売る人だけが品質を知っていて、買う人には分からない市場のことです。こういう市場では、良い品が先に消えて、悪い品だけが残ります。この流れを、逆選択と呼びます。もとにあるのは、売る人と買う人が持っている情報の差、つまり、情報の非対称性です。
レモンは、アメリカの俗語で、買ってから欠陥が分かる中古車のことです。皮が厚くて、外から中身が見えないからだ、と言われます。
私は、中古品を仕入れて、直して売る仕事を、20年ほどやってきました。中古の市場は、レモン市場の教科書に出てくる、そのままの場所です。そして私は、その中で、買う側と、売る側の、両方に立ってきました。この記事では、理論を先に書きます。そのあとで、情報の差が、買う側では利益になり、売る側では、差をなくすことが利益になった話を書きます。
1. レモン市場とは
もとは、経済学者のジョージ・アカロフが、1970年に出した論文です。題は「レモンの市場」。アカロフは、この研究で、2001年にノーベル経済学賞を受けました。いっしょに受賞したのが、スペンスと、スティグリッツです。この2人の考えは、4章で使います。
1-1. 良い品が消えていく流れ
中古車で、数字を置いて説明します。数字は、説明のための仮のものです。
| 車の質 | 本当の値打ち | 市場にある割合 |
|---|---|---|
| 良い車 | 100万円 | 半分 |
| 悪い車(レモン) | 50万円 | 半分 |
- 買う人は、どちらか見分けられません。だから、出せるのは、平均の75万円までです
- 良い車の持ち主は、100万円の車を、75万円では売りません。市場から、出ていきます
- 残るのは、悪い車だけです。買う人もそれに気づいて、50万円しか出さなくなります
だれも、うそをついていません。だれも、ずるをしていません。それでも、良い品が消えます。質の段階がもっと細かければ、上から順に消えていって、最後は、市場そのものが成り立たなくなります。
1-2. 言葉の整理
| 言葉 | 中身 | いつ起きるか |
|---|---|---|
| 情報の非対称性 | 売る人と買う人で、持っている情報に差がある | もとにある状態 |
| レモン市場 | 情報の差のせいで、悪い品ばかりになった市場 | 結果 |
| 逆選択(逆淘汰) | 良いものが選ばれずに消え、悪いものが残る流れ | 取引の前。かくれているのは「品質」 |
| モラルハザード | 契約のあとで、見られていない側が、手を抜く | 取引のあと。かくれているのは「行動」 |
| グレシャムの法則 | 悪貨は良貨を駆逐する。レモン市場と、同じ形の、古い言い方 | — |
逆選択とモラルハザードは、よく混同されます。分け目は、契約の前か、あとかです。保険でいうと、病気がちな人ほど保険に入りたがるのが、逆選択です。保険に入ったあとで、不注意になるのが、モラルハザードです。モラルハザードのほうは、モラルハザードの記事に書きました。稼ぎ方の教材の業界で、同じ形がどう働いているかは、グレシャムの法則の記事に書いています。この記事では、物の売り買いに、話をしぼります。
2. よくある例
- 中古車、中古住宅。売る人は、事故や雨もりを知っている。買う人には、見えない
- 保険。健康に不安がある人ほど、入りたがる。保険会社には、見分けがつかない
- 採用。応募する人は、自分の力を知っている。会社は、面接の1時間では分からない
- 転職の市場。良い人ほど、いまの会社が手放さない。だから、市場に出てくる人は、平均より低いと見られてしまう
- フリマアプリの「動作未確認」。確認していないのか、確認して壊れていたのかは、出品者しか知らない
組織の中にいる人にとって痛いのは、採用と、評価です。力のある人が、力を見せる手だてを持っていないと、平均の値段をつけられます。平均の値段をつけられた良い人から、出ていきます。1章の中古車と、同じ流れです。
3. 私の例①|買う側。情報の差は、直せる人の利益になる
教科書は、情報の非対称性を、買う人が損をする話として書きます。私が仕入れで見てきたのは、少しちがう景色でした。
ヤフオクの「動作未確認」や「ジャンク」は、レモンかもしれない品です。ふつうの買い手は、こわくて、値段を下げます。1章の流れのとおり、相場は、レモンの値段に近づきます。
ところが、直せる人にとっては、レモンでも、かまいません。壊れていても、直すからです。
| 直せない人 | 直せる人 | |
|---|---|---|
| 「動作未確認」の意味 | 地雷かもしれない | 値引きの理由 |
| 動かなかったとき | 全損 | 直す。または、部品取りに回す |
| レモン市場で下がった相場 | それでも、こわい | 仕入れ値が下がって、ありがたい |
私の実測では、読みをはずして、直せない個体をつかむのは、1割以下です。説明が事実とちがって、返品になるのも、1割に届きません。くわしくは、ヤフオク仕入れが途中で回らなくなる理由に書きました。
レモン市場は、みんなが品質を見分けられないから、値段が下がります。その中で、自分だけが見分けられる、または、レモンでも困らない。そうなると、下がった値段は、そのまま利ざやです。中古の仕入れでいう「目利き」や「修理の技術」は、経済学の言葉に直すと、情報の非対称性を、自分の側だけ解消する手だてです。
直す技術がないまま、安さにつられて「動作未確認」を買うのは、仕入れではなく、抽選です。
4. 私の例②|売る側。情報を出すほど、高く、早く売れる
売る側に回ると、立場が逆になります。私が、直した品の質を知っていても、買う人には見えません。だまっていると、私の品も、レモンと同じ値段をつけられます。
アカロフといっしょに受賞した2人が、ここの答えを出しています。
| 考え | だれが動くか | 中身 |
|---|---|---|
| シグナリング(スペンス) | 情報を持っている側 | 質が高いことを、質の低い人にはまねしにくい形で、自分から示す |
| スクリーニング(スティグリッツ) | 情報を持っていない側 | 相手に選ばせたり、条件をつけたりして、質をあぶり出す |
私がやってきたのは、シグナリングのほうです。
4-1. 壊れている場所を、具体的に書く
| レモンと見分けがつかない書き方 | 見分けがつく書き方 |
|---|---|
| 動作未確認です | 通電は確認しました。トレーが開かないため、再生の確認はできていません |
| ジャンク品です | ヘッドクリーニングのあとも、ノズルチェックのパターンに欠けがあります。部品取りの前提でお考えください |
左の書き方は、だれにでも書けます。だから、質の目印になりません。右の書き方は、実際に確かめた人にしか、書けません。まねしにくいことが、シグナルの条件です。欠点を書くと、値段が下がりそうに見えます。実際には、買う人の不安が消えるぶん、レモンの値段から、抜け出せます。ジャンクを売るときの書き方は、修理転売は儲からない?に書きました。
4-2. 社外品の部品を使ったことも、書く
私は、修理に、社外品の部品を使うことが多くあります。使ったことは、かならず書きます。かくすと、あとでもめます。ただ、それ以上に大事なことがあります。
純正の部品に、設計上の弱いところがあって、そこを直した社外の改良品が出回っていることは、めずらしくありません。その場合、「純正から、対策ずみの部品に替えました。これで、ここが良くなっています」と書きます。すると、純正のまま古くなった個体より、高く、早く売れます。情報をかくさずに、むしろ増やすほうが、利益が守れます。これは、何度も経験しました。リサイクルショップせどりは儲からない?に、くわしく書いています。
ただし、ブランド品のバッグでは、同じ「社外品の部品に交換しました」が、値段を落とすブランドと、落とさないブランドに分かれました。その差は、ヴェブレン効果の記事にあります。
4-3. 「ノークレーム・ノーリターン」は、逆のシグナルになる
返品を受けない、と書く出品者がいます。売る人の気持ちは、分かります。ただ、買う人からは、こう見えます。「返品されたら困る品を、売っている」。
質に自信がある人は、返品を受けても、ほとんど損をしません。質が悪い人ほど、返品を受けると、損をします。だから、返品を受けることは、質の低い人にはまねしにくい、強いシグナルです。反対に、返品をこばむ一文は、自分でレモンだと名のっているのに近い。いまは、フリマアプリでは、書くこと自体が規約違反です。NCNRとはの記事に、まとめました。
5. 市場のしくみで、レモンは減らせる
個人の工夫には、限りがあります。レモンが残るかどうかは、市場のしくみで、ほぼ決まります。
ヤフオクで、偽物をつかまされたことがあります。出品者に伝えると、「評価を消してくれたら、返品を受けつけます」と言われました。その出品者は、そのあとも、偽物を売り続けていました。評価は、買う人にとって、ほとんどゆいいつの手がかりです。それを消させることができるなら、レモンを売る人の評価は、きれいなままです。
反対の例が、業者向けの古物市場です。私が使っていた市場は、偽物だった場合、100%返品できました。偽物を出した側に、かならず損がもどります。だから、偽物は、残りにくい。
| しくみ | 働き |
|---|---|
| 返品の保証 | レモンを売った損が、売った人にもどる |
| 消せない評価 | 過去の取引が、質の目印になる |
| 第三者の検品、鑑定 | 買う人のかわりに、質を見分ける |
| 名前や許可の表示 | 逃げられないことが、質の目印になる |
買う場所を選ぶときは、品ぞろえや値段の前に、このしくみがあるかを見ます。偽物の見分け方は、メルカリ偽物の見分け方に書きました。
6. 組織の中にいる人へ
2章に書いたとおり、人の市場も、レモン市場です。自分の力が、相手から見えないとき、つけられるのは、平均の値段です。
4章の話は、そのまま使えます。「がんばりました」「責任感があります」は、だれにでも書けるので、目印になりません。目印になるのは、やった人にしか書けないことです。何を、どの数字から、どの数字にしたのか。何に失敗して、どう直したのか。失敗を具体的に書けることは、中古品の「壊れている場所を具体的に書く」と、同じ働きをします。
まとめ
- レモン市場は、売る人だけが品質を知っている市場。良い品が先に消えて、悪い品が残る
- もとにあるのが、情報の非対称性。良い品が消えていく流れが、逆選択。契約のあとで起きるモラルハザードとは、別のもの
- 買う側では、自分だけが見分けられる、または直せるなら、レモン市場で下がった値段が、そのまま利ざやになる
- 売る側では、だまっていると、レモンと同じ値段をつけられる。壊れている場所、使った部品を、具体的に書く
- 目印になるのは、質の低い人には、まねしにくいこと。返品を受ける。欠点を具体的に書く。名前を出す
- レモンが残るかどうかは、返品の保証や、消せない評価のような、市場のしくみで決まる
関連記事
- グレシャムの法則とは|「悪貨は良貨を駆逐する」の意味と具体例
- モラルハザードとは|意味と具体例。返金保証を付けない理由
- ヴェブレン効果・スノッブ効果とは|社外品の部品で値段が落ちるブランドと、落ちないブランドの差
- 価格弾力性とは|意味・計算式と具体例
- ヤフオク仕入れが途中で回らなくなる理由
- 修理転売は儲からない?
- メルカリ偽物の見分け方
- フリーミアムとは|無料で渡して成り立つ条件と、損益の計算機
- 代表性ヒューリスティックとは|「それらしさ」で選ぶと、間違える
- マタイ効果とは|意味と具体例。古物市場に全部入会したら、出品数がけた違いの1社しか残らなかった
- ハロー効果とは|意味と具体例、対策。有名人の名前で仮想通貨を買った私と、ロゴで値段が決まるブランド品を売っていた私
- 割れ窓理論とは|意味と具体例、批判まで。プロフィールを整えたら、めんどうな客がへった。ネットの売り場にも「窓」がある
- ウィンザー効果とは|意味と具体例。入札者の言葉より評価を見て、その評価も割り引く、私の読み方
- 寡占とは|意味と独占とのちがいをわかりやすく。古物市場に片っ端から入会したら、物量で2つにしぼられた話
- 利益相反とは|意味と例をわかりやすく。転売をしながら転売を教えて、私が片方をやめた話
- 与信とは|意味と与信管理をわかりやすく。評価0の入札を取り消す私と、携帯の審査に落ちた私
- シグナリングとは|意味と例をわかりやすく。学歴を乗りかえた私と、プロフィールで客をえらぶ私

コメント