アンカリング効果は、「はじめに見た数字が、そのあとの判断の基準になってしまう」現象です。アンカーは、船のいかりです。いかりを下ろした船は、その場所から、遠くへは、動けません。数字も、同じ働きをします。その数字に、何の意味もなくても、です。
私は、オークションで、中古品を仕入れています。入札は、自動入札の道具に、任せています。自動入札は、上限の金額を、先に入れておいて、終わりぎわに、自動で入札させる道具です。上限は、せりの画面を見る前に、計算で、決まっています。この記事の理論から見ると、これは、よくできたしくみです。せりの画面に出ている「現在の価格」は、強いいかりです。それを見ながら上限を決めると、その数字に、引っぱられます。
この記事では、意味と実験を先に書いて、そのあとで、身近な例、入札の上限を先に決める計算機、売る側と買う側の私の例、対策を書きます。
1. アンカリング効果とは
心理学者のエイモス・トヴェルスキーと、ダニエル・カーネマンが、1974年に、科学誌の論文で、紹介しました。人は、よく分からない数を見積もるとき、手近な数字を出発点にして、そこから、調整します。ところが、その調整は、たいてい、足りません。結果として、見積もりは、出発点の数字の近くに、とどまります。
1-1. 有名な実験
- ルーレットと、国連(1974年):参加者の前で、数字が書かれた円ばんを、回します。円ばんは、10か、65で止まるように、細工されていました。そのあとで、「国連の加盟国のうち、アフリカの国の割合は、何%か」を、たずねました。10を見た人たちの答えの、まん中の値は、25%。65を見た人たちは、45%でした。円ばんの数字が、質問と関係ないことは、だれの目にも、明らかです。それでも、答えは、20ポイント、動きました。
- 社会保障番号と、入札額(アリエリーたち、2003年):学生に、自分の社会保障番号の、下2けたを、書いてもらいます。そのあとで、ワインやキーボードなどに、いくらまで払うかを、たずねました。下2けたが大きい学生は、小さい学生より、はるかに高い金額を、つけました。
- 専門家も、受ける(ノースクラフトとニール、1987年):不動産の仲介の専門家に、同じ家を見せて、値段を、見積もってもらいました。わたす資料の「売り出し価格」だけを、変えてあります。高い売り出し価格を見た専門家は、高く、見積もりました。そして、多くの専門家は、「売り出し価格は、参考にしていない」と、答えました。
この効果は、くり返し、確かめられています。2014年に、多くの国の研究室が、有名な心理学の実験を、いっせいに、やり直したときも、アンカリングは、はっきりと、再現されました。
1-2. なぜ、起きるのか
| 説明 | 中身 |
|---|---|
| 調整が、足りない | いかりの数字から出発して、「このへんなら、おかしくない」と思えた所で、止まる。おかしくない範囲は、広いので、いかりに近い側の、はしで、止まる。 |
| いかりに合う情報が、思いうかぶ | 「この家は、5,000万円か」と問われると、5,000万円に見える理由(広い、駅に近い)を、先に、思いうかべる。そのあとの見積もりは、その情報の上に、立つ。 |
2つ目の説明は、確証バイアスと、同じ形です。
2. 身近な例
- 通常価格1万円 → 本日かぎり5,980円:1万円が、いかりです。5,980円が、安く、見えます。
- 松・竹・梅:いちばん高い「松」は、売るためでは、ありません。「竹」を、手ごろに見せるための、いかりです。
- 年収の交渉:先に、数字を出した側の金額が、交渉の中心に、なります。
- 中古品の値下げ交渉:「3,000円になりませんか」と言われると、5,000円の出品者は、4,000円を、考えはじめます。相手の数字が、いかりに、なっています。
- オークションの開始価格と、現在の価格:「いま、8,000円」と出ていると、自分の上限を、8,000円の、少し上で、考えはじめます。
- 自分の買値:持っている株の、買ったときの値段。市場とは関係のない、自分だけの、いかりです。この話は、プロスペクト理論とはに書きました。
3. 私の例
3-1. 買う側:上限は、せりの前に、計算で決める
オークションでの仕入れで、私のやり方は、「上限を、先に、計算で決めて、道具に入れる」です。売れる見こみの値段から、手数料、送料、部品代、ほしい利益を引くと、出せる上限が、決まります。その数字を、自動入札の道具に入れます。終わりぎわに、自動で、入札されます。
業者向けのオークションで、モニター10台のロットに入札したときも、先に、「2万円まで」と、計算していました。落札は、3,400円でした。ここまでは、いかりに、引っぱられていません。ただし、この話には、つづきがあります。その「2万円」のもとにした「5,000円で売れる」という見こみが、まちがっていました。売れた履歴だけを見ていたのです。先に計算しても、計算に入れる数字が、いかりになっていれば、同じことです。この失敗は、確証バイアスとはに書きました。自動入札の考え方は、ヤフオクの自動入札に勝てない理由に書きました。
計算機:入札の上限を、先に決める
入札の上限:—
売れる見こみが、2割、低かった場合の利益:—
はじめの数字は、計算のための仮の値です。私の実績でも、相場でも、ありません。2行目は、「売れる見こみ」という、いちばんあやしい数字が、2割、外れたときに、どうなるかを、出しています。上限まで入札して、これがマイナスになるなら、見こみの数字を、もう1回、うたがってください。収入を約束する計算では、ありません。
3-2. 売る側:相手の数字には、乗らない
フリマで売るとき、私は、値下げの依頼を、基本的に、ぜんぶ、無視します。理由は、経験です。
個人からの値下げの依頼は、受けても、買われないことが、多いです。とくに、「いまお金がないので、○日まで取り置きしてください」という依頼は、1回も、購入に、いたったことが、ありません。この理論から見ても、無視するのは、理にかなっています。「3,000円になりませんか」という一言は、相手が下ろした、いかりです。返事を考えはじめた時点で、頭の中の基準は、自分がつけた値段から、相手の数字のほうへ、動きはじめます。そして、私の経験では、いかりを下ろす人と、実際に買う人は、べつの人であることが、多いのです。
3-3. 売る側:1円スタートは、客も、えらんでしまう
オークションに出すとき、私は、ほぼ、1円スタートです。ただ、開始価格は、値段のいかりであると同時に、「どんな人が、集まるか」も、決めます。私の経験では、落札したのに払わない人は、1円スタートの商品に、とくに、多いです。開始価格を、1,000円、1万円と上げれば、集まる人の層を、変えられる、と見ています。数字は、値段だけでなく、相手の本気の度合いにも、いかりを、下ろします。
3-4. 「松竹梅」を、やめた話
2章で、「松は、竹を売るための、いかり」と、書きました。教科書どおりの、値づけの方法です。私は、コンサルティングの料金で、これを、ためしました。3つのコースを、用意したのです。結果は、1つにしぼったときのほうが、売れました。
私のところに来る人は、はじめから、私を指名して、来ています。ほしいのは、「ぜんぶ」でした。安いコースとくらべて、手ごろに見せる必要は、ありませんでした。いかりが効くのは、相手が、値段の基準を、持っていないときです。相手が、すでに、ほしいものを決めている場面では、えらぶ手間を、ふやすだけでした。この話は、ジャムの法則とはに、くわしく書きました。
4. 対策
- 数字を見る前に、自分の数字を、書く:値段を見る前に、「これに、いくらまで、出すか」を、紙に、書きます。入札なら、3-1の計算を、せりの前に、終わらせます。
- いかりを、うたがう問いを、立てる:「この数字が、半分だったら、自分は、どう感じるか」「この数字は、だれが、何のために、出したのか」。
- 反対の理由を、3つ、書く:「この値段が、高すぎるとしたら、理由は何か」。いかりに合う情報ばかりが、思いうかぶのを、ふせぎます。研究でも、この方法は、効果が、確かめられています。
- 交渉では、先に、数字を出す:相場を知っているなら、先に出した側が、有利です。相場を知らないなら、出しません。相手の数字も、うのみに、しません。
- 判断を、道具に、あずける:せりの最中の自分は、信用しません。上限を入れたら、あとは、道具に、任せます。
5. 注意点
- 知っていても、消えない:この効果は、説明を受けたあとでも、専門家でも、起きます。「気をつける」では、足りません。手順で、ふせぎます。
- 売る側が使うときの、線引き:実際には売ったことがない値段を、「通常価格」として出すことは、景品表示法で、問題になります。いかりに使う数字は、本当の数字である必要が、あります。
- 似た言葉との、ちがい:1つの目立つ特徴が、ほかの評価に広がるのは、ハロー効果。アンカリングは、数字の話です。
6. まとめ
- アンカリング効果は、はじめに見た数字が、そのあとの判断の基準になる現象です。1974年に、トヴェルスキーとカーネマンが、紹介しました。
- 関係のない数字でも、効きます。専門家でも、受けます。本人には、自覚が、ありません。
- 買う側の対策は、数字を見る前に、自分の上限を、計算で、決めることです。
- 先に計算しても、計算に入れる数字が、いかりになっていれば、同じです。
- 売る側では、相手の出した数字に、乗らないこと。開始価格は、集まる客の層も、決めます。
- いかりが効くのは、相手が、値段の基準を、持っていないときです。
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