感情労働は、「自分の感情をおさえたり、作ったりすることが、仕事の一部になっている労働」です。体を使う肉体労働、頭を使う頭脳労働につづく、3つ目の労働と言われます。
私は、20年ちかく、自宅で1人で働いています。上司も、同僚も、いません。感情労働とは、無縁に見えます。実際は、ちがいました。個人で物を売ると、クレームも、返品の交渉も、評価をめぐるやりとりも、ぜんぶ、1人で受けます。人をやとえば、やとう側にも、感情の仕事が、発生します。
この記事では、意味と由来を先に書いて、そのあとで、2つの演技、職業の例、私の例、時間に直す計算機、へらし方を書きます。
1. 感情労働とは
アメリカの社会学者、アーリー・ホックシールドが、1983年の著書『管理される心』で、名づけました。調べたのは、航空会社の客室乗務員と、借金の取り立ての担当者です。
- 客室乗務員は、つかれていても、理不尽なことを言われても、笑顔で、あたたかく接することを、会社から求められる。
- 取り立ての担当者は、相手に同情しても、きびしく、冷たくふるまうことを、求められる。
向きは反対ですが、形は同じです。「この場面では、こう感じているように見せなさい」というルール(感情規則)が、会社によって決められていて、それに合わせることが、給料の対象になっている。これが、感情労働です。
ホックシールドは、条件を、3つあげています。
- 客と、顔や声で、直接やりとりする。
- 相手の中に、特定の感情(安心、満足、恐れなど)を、起こすことが求められる。
- やとう側が、研修や管理を通じて、働く人の感情の出し方を、ある程度、決めている。
1-1. 2つの演技
| 種類 | 何をするか | 負担 |
|---|---|---|
| 表層演技 | 内側の感情は、そのまま。表情と声だけを、作る。腹が立っているのに、笑顔を出す。 | 内側と外側のずれが、つづく。その後の多くの研究で、つかれ、燃えつきとの結びつきが、強いとされる。 |
| 深層演技 | 内側の感情のほうを、変えようとする。「この人にも、事情があるのだろう」と考えて、本当に、おだやかな気持ちになろうとする。 | ずれは、小さい。負担は、表層演技より軽い、という結果が多い。ただし、自分の本当の感情が、分からなくなる危険を、ホックシールドは指摘している。 |
2. 感情労働が多い仕事
- 接客、販売、飲食、コールセンター
- 看護、介護、保育
- 教師、塾の講師
- 客室乗務員、ホテル、窓口業務
- 営業、カスタマーサポート
日本では、客からの行きすぎた要求や暴言(カスタマーハラスメント)が、感情労働の負担を大きくするものとして、問題になっています。2025年には、東京都で、これを防ぐための条例が、施行されました。国の法律でも、会社に対策を求める改正が、進んでいます。「お客さまは、つねに正しい」という感情規則そのものを、社会の側で見なおす動きです。
3. 私の例:1人で働いていても、感情労働は、ある
3-1. 会社がない人は、感情規則を、だれが決めているのか
個人で、オークションやフリマで物を売ると、客とのやりとりは、ぜんぶ、自分に来ます。そして、私のふるまいを決めていたのは、会社ではなく、評価のしくみでした。悪い評価がつけば、次の売上が、下がります。ですので、理不尽だと思っても、ていねいな文面で、返します。上司はいなくても、感情規則は、ありました。
いちばん覚えているのは、オークションで買った商品が、にせ物だったときです。売り手に伝えると、「評価を消したら、返品を受けつける」と、返ってきました。評価が、交渉の道具に、使われたのです。こういう相手に、思ったままを書いても、返品は、進みません。進めるには、感情をおさえた、事務的な文面で、やりとりするしかありません。これが、表層演技です。その売り手は、そのあとも、にせ物を、売りつづけていました。
売る側のときも、同じです。発送がおくれて、クレームが入ったことがあります。非は、こちらにあります。あやまる文面を書くこと自体は、当然です。ただ、クレームへの対応は、1通を書く時間は短くても、そのあとの仕事に、尾を引きやすい種類の作業です。4章の計算機で、この「尾を引く時間」を、数に入れます。
3-2. やとう側にも、感情の仕事が、ある
人をやとっていた時期、私は、相場よりはっきり高い時給を、払っていました。それでも、感謝されている、とは感じられませんでした。たのみごとをされるときの、言葉づかい1つに、腹を立てていました。「だれが、やとっていると思うんだ」と、思ってしまったことも、あります。
やとう側は、その感情を、そのまま出すわけには、いきません。「きげんよく、公平に、ふるまう」ことを、求められます。これも、感情の仕事です。だれも、給料は、くれません。この話は、仕事ができないのに偉そうな人が許される職場の構造に、くわしく書きました。
3-3. いまの形:感情労働が、少なくなるように、仕事をえらんだ
いまの私は、人と会うことが、ほとんど、ありません。コンサルの相手と、オンラインで話すぐらいです。相手は、自分でえらんで、来てくれた人です。成果が出れば、感謝されます。ここでは、感情を作る必要が、ほとんど、ありません。感じていることと、出していることが、同じだからです。
これは、たまたまでは、ありません。物を1つ売るたびに、知らない相手とのやりとりが発生する仕事から、はなれた結果です。理由の整理は、自己決定理論とはに書きました。
4. 感情労働を、時間に直す
感情労働の負担は、見えません。見えないものは、へらせません。まず、時間に直します。
対応そのものの時間:—
引きずった時間をふくめた合計:—
お金に直すと(1か月):—
はじめの数字は、計算のための仮の値です。私の実績でも、研究の数字でも、ありません。大事なのは、3つ目の入力です。対応の時間よりも、そのあとに引きずる時間のほうが、長いことが、多いからです。前の作業が頭に残るしくみは、マルチタスクとはに書きました。利益の計算に入っていない時間については、シャドーワークとはに書きました。
5. へらし方
5-1. 個人で働く人
- 文面を、型にする:おわび、返品の案内、値下げの断り。毎回、感情をこめて、ゼロから書かない。型があれば、表層演技の回数が、へります。
- 対応する時間を、決める:通知が来るたびに読むと、1日じゅう、引きずります。1日に1〜2回、まとめて返します。
- 先に、書いておく:クレームの多くは、期待と実際の、ずれから来ます。状態、発送までの日数、返品の条件を、先に、くわしく書きます。説明のずれについては、知識の呪いとはに書きました。
- 客を、えらぶ:値段を下げて、数を売るほど、対応の件数が、ふえます。1件の利益から、4章の金額を引いても残るかを、計算します。
5-2. 会社で働く人
- 役と自分を、分ける:制服を着ているあいだの自分は、役をやっている、と決める。言われているのは、役に対してであって、自分に対してでは、ない。
- 舞台裏を、持つ:客の目がとどかない場所で、同僚と、本音を話す時間。ホックシールドの調査でも、客室乗務員は、調理室で、これをやっていました。
- 1人で、かかえない:行きすぎた要求は、上司や、会社の窓口に、回す。それを受けるしくみを作るのは、会社の側の仕事です。
気分の落ちこみや、ねむれない状態が長くつづくときは、がまんせずに、医療機関や、職場の相談窓口に、相談してください。
6. この言葉の、注意点
- 感情を使う仕事が、ぜんぶ悪いわけでは、ない:人の役に立って、感謝されることは、仕事の大きなやりがいです。問題になるのは、「感じていること」と「見せなければならないこと」のずれが、長くつづくときです。
- 家庭の中の気づかいは、もとの定義とは、別:近ごろは、家族や友人のあいだの気づかいも、感情労働と呼ばれることが、あります。ホックシールド自身は、給料が出る仕事の場面にかぎって、この言葉を使っています。
7. まとめ
- 感情労働は、感情をおさえたり、作ったりすることが、仕事の一部になっている労働です。ホックシールドが、1983年に名づけました。
- 表情だけを作る表層演技と、内側の感情を変えようとする深層演技が、あります。負担が大きいのは、表層演技です。
- 1人で働いていても、評価のしくみが、感情規則の役をします。
- やとう側にも、感情の仕事が、あります。
- 負担は、対応の時間よりも、そのあとに引きずる時間に、出ます。時間に直すと、へらす対象に、なります。
- 型にする、まとめる、先に書く、客をえらぶ。この4つで、へらせます。

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