「人事異動 拒否」「異動 拒否 正当な理由」「異動 拒否 退職」で調べて来られた方に、先に結論を書きます。
就業規則などに異動の定めがあり、入社のときに職種や勤務地を限る約束がなければ、異動は原則として断れません。最高裁は1986年の東亜ペイント事件で、業務上の必要性を「余人をもって替え難い」ほどでなくてよいとし、適正配置や能力開発などに役立てば認めるとしました。断れるのは、2つの場合です。1つは、職種や勤務地を限る合意がある場合で、最高裁は2024年4月26日の判決で、会社には本人の同意なしにその合意に反する配置転換を命じる権限がないとしました。もう1つは、業務上の必要がない、不当な動機・目的がある、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる、のどれかに当たる場合(権利の濫用)です。ただ、東亜ペイント事件では、母・妻・2歳の子と別居することになる転勤も「通常甘受すべき程度」とされました。会社と時期や中身を話し合う余地はありますが、変わるかどうかは会社次第です。私の考えは、回避策は「ほぼない」です。断って辞めるなら、失業給付で損をしない条件を知っておくことが大事です。採用時に職種の明示がなくても、同じ職種に10年以上就いていて、会社が十分な教育訓練をせずに職種を変え、専門の知識や技能を発揮する機会を失い、新しい職種に適応できない場合は、会社都合に近い「特定受給資格者」になり得ます。45歳・加入15年なら、給付の日数は自己都合の120日に対して270日です。断れるかの整理と、辞めた場合の失業給付を比べる計算機を9章に置きました。
この記事は民間の会社で働く人の話です。公務員の異動は別の法律の仕組みなので、扱っていません。引っ越しを伴う転勤や単身赴任を断れるかは、転勤の拒否の記事に書きました。
| 知りたいこと | 答え | 章 |
|---|---|---|
| 異動は拒否できるか | 就業規則などに定めがあり、職種・勤務地の限定がなければ、原則としてできない | 2章 |
| 正当な理由は何か | 職種・勤務地を限る合意があること。または、業務上の必要がない・不当な動機や目的・著しい不利益のどれかに当たること | 3章 |
| 育児・介護、病気(うつ・適応障害など)は理由になるか | 著しい不利益の事情として考えられる。転居を伴う異動なら、会社には育児・介護の状況への配慮義務がある | 4章 |
| 断ったらクビになるか | 従わなければ懲戒の対象になり得る。懲戒や解雇が有効かは、労働契約法15条・16条で判断される | 5章 |
| 断って辞めたら会社都合になるか | 辞め方の形ではなく、離職の具体的な事情でハローワークが判定する。職種転換で会社が必要な配慮をしていない場合、嫌がらせ、退職勧奨などは特定受給資格者になり得る | 6章 |
| 転職すればいいのでは | 40代後半までは、転職した人の中で賃金が増えた人のほうが多い。50代で逆転する | 7章 |
1. 先に、立場を書きます
私は会社に勤めたことがなく、異動を命じられたことはありません。人を雇っていたことはありますが、担当や持ち場の変更を頼んだこともありません。ですから、異動の法律と失業給付は、2章からの判決の全文と、厚生労働省・ハローワークの資料で書きます。
このテーマを書くのは、前の研究員の肩書きの記事で、研究職の人の悩みとして「研究から外される」が多かったからです。知恵袋でも、「異動を拒否するなら、会社を辞めるしかありませんか?」という質問が14,701回、「望まない部署異動の内示を断ったら『会社としても考えなければいけない』と言われた。これは解雇か」という質問が19,403回読まれていました(2026年10月14日時点)。
この記事のために、私は次のように答えました。
| 問い | 私の答え |
|---|---|
| 雇う側として、配置換えを頼んだことは | 「頼んだことはない」 |
| 読み終えた人に持ち帰ってほしいこと | 「ニーズとしては読み手は回避策を求めているが、回避策はないのでは?転職も専門分野にもよるが難しいと思う。でもそれがマーケットバリューなのだから仕方がない」 |
| 訴訟について | 「外資系の金融機関で解雇された人が訴訟を起こすケースがあるけど、負けていると思う。だから不服だと訴訟に持ち込んでも負けると思うし、そんな事したら要注意人物として業界内で転職もできなくなると思う。それが雇われてる人の宿命でもある」 |
訴訟についての私の考えには、8章で事実を並べます。判決は、勝つ例も負ける例もあります。
2. 異動は、原則として断れない
2-1. 会社が異動を命じられる根拠
東亜ペイント事件の会社は、就業規則に「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。この場合には正当な理由なしに拒むことは出来ない」と定めていました。最高裁は、この定めがあり、転勤が頻繁に行われていて、入社のときに勤務地を限る合意がなかったことから、会社は本人の個別の同意なしに勤務場所を決め、転勤を命じる権限を持つとしました。
自分の会社の就業規則に、似た定めがあるかを確かめてください。会社には、就業規則を職場に掲示する、備え付ける、書面で渡すなどの方法で、労働者に周知させる義務があります(労働基準法106条)。
2-2. 業務上の必要性は、広く認められる
最高裁は同じ判決で、業務上の必要性を、その人でなければ容易に替えられないほどの高い必要性に限るのは相当でないとしました。労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など、会社の合理的な運営に役立つ点があれば、必要性はあるとしています。
「なぜ私なのか」の説明に納得できなくても、それだけで必要性がないとはなりません。
2-3. 2024年4月からは、契約に「変更の範囲」が書かれる
2024年4月から、会社が労働契約を結ぶときに、仕事の内容だけでなく「就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲」も示すことになりました(労働基準法施行規則5条)。厚生労働省は、変更の範囲を「将来の配置転換などによって変わり得る就業場所・業務の範囲」と説明しています。2024年4月以降に結んだ契約なら、労働条件通知書のこの欄で、研究以外の業務に移ることがあると書かれているかを確かめられます。ただ、この欄は契約の中身を確かめる材料の1つで、書かれている内容だけで、個々の異動命令が有効かどうかまで決まるわけではありません。それより前に入社した人も、採用時の契約書や募集の内容を確かめる意味はあります。
3. 断れる「正当な理由」は2種類
3-1. 職種や勤務地を限る合意がある
最高裁の2024年4月26日の判決の事件は、福祉用具の改造・製作と技術開発を担当する技術職として2001年に雇われ、18年働いてきた人が、本人の同意なしに総務課の施設管理担当へ移されたものです。この人と会社の間には、職種と業務内容をその技術職に限る合意があったと、高裁が認めていました。
最高裁は、職種や業務内容を特定のものに限る合意がある場合には、会社は本人の個別の同意なしに、その合意に反する配置転換を命じる権限を持たないとしました。高裁は「配置転換の権限はあるが、濫用ではない」と判断していましたが、最高裁は、そもそも権限がなかったとして、高裁の判断を違法とし、審理をやり直させています。
注意することが2つあります。1つは、合意があったかどうかは、契約書や採用の経緯から裁判所が認める事実だということです。この事件でも、合意があったことは高裁の認定が前提でした。もう1つは、研究職・技術職で採用されたことや、同じ仕事を長く続けてきたことだけで、すぐに「職種を限る合意」になるわけではないことです。合意があったかは、契約書だけでなく、採用の経緯や任されてきた仕事の中身も含めて判断されます。大阪地方裁判所の労働部は、雇用契約で職種や勤務地が限られている場合は、会社が一方的に変えることは原則としてできない、と説明しています。限られているかどうかは、契約の中身で決まります。
3-2. 権利の濫用に当たる
職種の限定がなく、会社に異動を命じる権限がある場合でも、無制限ではありません。東亜ペイント事件の最高裁は、次のどれかに当たるなど特段の事情がある場合は、権利の濫用になるとしました。
- 業務上の必要性がない
- 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的で命じられた
- 労働者に、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる
労働契約法3条5項も、労働契約に基づく権利を濫用してはならないと定めています。
3-3. 「通常甘受すべき程度」は重い
東亜ペイント事件の社員は、71歳の母親、保育所で働き始めた妻、2歳の長女と、大阪府内の母親名義の家に住んでいました。高裁は、名古屋への転勤で家族と別居を余儀なくされることなどから、転勤を拒否する正当な理由があったとしました。最高裁はこれを覆し、この家庭生活上の不利益は「転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」だとしました。
この事件では、家族と離れて暮らすことになる程度では、著しい不利益とは認められなかった、ということです。ただし、これはこの事件の事情(母親は元気で、会社では転勤が頻繁にあった、など)での判断です。育児や介護が関わる場合は、今は次の4-1の配慮義務もあり、個別の事情で判断されます。
4. 事情ごとに見る:育児・介護、病気、嫌がらせ
4-1. 育児・介護
育児・介護休業法26条は、会社が就業場所の変更を伴う配置の変更をしようとするとき、子の養育や家族の介護が難しくなる労働者がいれば、その状況に配慮しなければならないと定めています。対象は、就業場所の変更を伴う異動です。また、配慮の義務であって、異動そのものを禁じる規定ではありません。
4-2. 自分の病気(うつ・適応障害など)
本人の病気やけがは、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の事情として考えられます。その場合、主治医の意見を書面でもらっておくことが、会社に事情を伝える材料になります。
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、休んだ人が戻るときは「まずは元の職場への復帰」を原則としています。新しい環境に慣れるには時間と心理的な負担がかかり、再発につながるおそれがあるためです。ただし、異動がきっかけで発症した場合は、以前の職場に戻すか、ほかの適応できそうな職場への異動を考えたほうがよい場合がある、ともしています。この手引きは休業した人の復職を支援するための会社向けの資料で、異動の内示を断る法的な権利を与えるものではありません。
私は医療の助言はできません。病気が関わるときは、主治医と、会社の産業医に相談してください。自分から異動を希望する側で、体調が理由の場合の進め方は、異動希望が通らないときの記事の5章に書きました。
4-3. 嫌がらせ・退職に追い込む目的
不当な動機・目的による命令は、権利の濫用になり得ます。ただ、目的は会社の内心なので、面談の記録、メール、異動先の仕事の中身など、目的を示す資料がないと主張しにくいものです。異動の先で仕事を与えられない、別室に移された、という場合は、パワハラ指針の「過小な要求」「人間関係からの切り離し」に当たるかも問題になります。窓際族・社内ニート・追い出し部屋の記事に書きました。
5. 断ったら、どうなるか
5-1. 懲戒の対象になり得る
東亜ペイント事件の会社は、転勤命令を拒否したことが、就業規則の懲戒事由「職務上の指示命令に不当に反抗し」に当たるとして、社員を懲戒解雇しました。最高裁は転勤命令を権利の濫用ではないとし、懲戒解雇を無効とした高裁の判断を取り消して、審理をやり直させました。懲戒解雇が有効かどうかまでは、最高裁は判断していません。
懲戒の対象になり得るのは、異動命令そのものが有効な場合です。命令が無効なら、従わなかったことを理由にした懲戒も問題になります。また、懲戒も解雇も、会社が自由にできるわけではありません。懲戒は、行為の性質や態様などに照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は無効です(労働契約法15条)。解雇も同じく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は無効です(同16条)。
5-2. 相談する先
都道府県の労働局には、無料の総合労働相談コーナーがあります。相談のあとは、労働局長による助言・指導や、紛争調整委員会のあっせんを使えます。令和7年度に、出向・配置転換についての相談は12,682件、助言・指導の申出は723件、あっせんの申請は168件でした(厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)。出向・転籍を断れるかと、左遷と受け取られる人事の扱いは、左遷・出向の記事に書きました。
持っていく資料は、雇用契約書、労働条件通知書、就業規則、異動の内示や面談の記録です。
6. 断って辞める場合:失業給付で損をしない条件
6-1. 自己都合なら、給付制限と短い日数
正当な理由のない自己都合で辞めると、受給資格の決定から7日の待期のあと、さらに1か月の給付制限があります(2025年4月1日以降の離職。過去5年に同じ理由で2回以上受給している場合は3か月)。給付の日数は、加入期間が10年未満なら90日、10年以上20年未満なら120日、20年以上なら150日です。なお、2025年4月以降は、リ・スキリングのための所定の教育訓練などを受けると給付制限が解除される仕組みもあります。対象の講座と手続きはハローワークで確かめてください。
自己の責めに帰すべき重大な理由で解雇された(重責解雇)と判断されると、給付制限は3か月です。月給と年齢から日額・総額・振込日を出す計算は、失業保険の計算の記事にまとめました。
6-2. 職種転換で、会社が必要な配慮をしていない場合
雇用保険の業務取扱要領は、「事業主が労働者の配置転換等に際して、当該労働者の職業生活の継続のために必要な配慮を行っていないこと」で離職した人を、特定受給資格者としています。当てはまるのは、次のような場合です。
| 場合 | 中身(業務取扱要領を要約) |
|---|---|
| a 職種が明示されていた | 採用時に特定の職種で働くことが契約で明示されていた人が、別の職種に移され、それで賃金が下がり、移った直後(おおむね3か月以内)までに辞めた |
| b 明示はないが、同じ職種に10年以上 | 採用時に職種の明示がなくても、同じ職種に10年以上就いていた人が、会社が十分な教育訓練をしないまま職種を変えられ、専門の知識や技能を発揮する機会を失い、新しい職種に適応できない。教育訓練が行われて適応できている場合は、原則として当たらない。教育訓練の最中に辞めた場合は当たらず、直後(おおむね3か月以内)に辞めた場合は当たる |
| c 勤務場所が特定されていた | 契約で勤務場所が特定されていたのに、通勤に往復おおむね4時間以上かかる遠隔地へ転勤を命じられた |
| d 権利の濫用に当たる配転 | 常に介護を必要とする親族がいる人が、遠隔地への転勤を命じられた場合など |
研究職・技術職で10年以上同じ仕事をしてきた人が、十分な教育訓練のないまま営業や事務に移された場合は、bに当たるかが問題になります。ただし、「10年以上」と「教育訓練が足りない」だけでは足りず、専門の知識や技能を発揮する機会を失い、新しい職種に適応できないこと、辞めた時期(教育訓練の最中ではなく直後か)も見られます。上司や同僚からの故意の排斥・著しい冷遇・嫌がらせで辞めた場合や、退職を勧められて辞めた場合も、特定受給資格者です。
特定受給資格者には給付制限がなく、給付の日数も長くなります。
| 離職時の年齢 | 1年未満 | 1年以上5年未満 | 5年以上10年未満 | 10年以上20年未満 | 20年以上 |
|---|---|---|---|---|---|
| 30歳未満 | 90日 | 90日 | 120日 | 180日 | - |
| 30〜34歳 | 90日 | 120日 | 180日 | 210日 | 240日 |
| 35〜44歳 | 90日 | 150日 | 180日 | 240日 | 270日 |
| 45〜59歳 | 90日 | 180日 | 240日 | 270日 | 330日 |
| 60〜64歳 | 90日 | 150日 | 180日 | 210日 | 240日 |
| (参考)自己都合など | 90日 | 90日 | 90日 | 120日 | 150日 |
出典:雇用保険に関する業務取扱要領(令和7年4月)50301。横は雇用保険の加入期間(算定基礎期間)。就職困難者は別の日数です。
6-3. 体の条件で新しい業務が難しい場合、転勤で別居になる場合
体力の不足、心身の障害、病気、けがなどのために、会社から新しく命じられた業務を続けることが不可能または困難な場合は、「正当な理由のある自己都合」として特定理由離職者になります。給付制限はかからず、給付の日数は自己都合と同じです。ただし、基本手当は、就職しようとする意思があり、いつでも就職できる能力がある「失業の状態」でないと受けられません。病気やけがで引き続き30日以上働けないときは、働けない日数の分だけ受給期間(原則、離職の翌日から1年)を延ばせます(最長3年)。会社の命令による転勤や出向に伴って、別居を避けるために辞めた場合も、特定理由離職者の範囲に入っています。
6-4. 判定はハローワーク。離職票で異議を書ける
離職理由は、会社が書いた離職証明書と、本人が書く離職票-2の両方を見て、ハローワークが判定します。厚生労働省の案内は、「事業主又は離職者の主張のみで判定するものではありません」としています。会社が書いた離職理由に異議があるときは、離職票-2の離職者の欄で理由を選び、具体的な事情を書いて、それを示す資料を持っていきます。
退職届をどう書いたかだけで決まるわけではなく、賃金の変化、退職を勧められたか、職場での扱い、異動のときの配慮など、離職の具体的な事情が見られます。異動の内示の文書、教育訓練がなかったことが分かる記録、主治医の意見書などは、辞める前に手元に残しておいてください。退職を勧められた場合の会社都合の扱いと、応じるか断るかの計算は退職勧奨の記事に書きました。
7. 転職:統計と、私の考え
7-1. 転職した人の賃金は、50代で「減った」が多くなる
厚生労働省の「令和7年雇用動向調査」で、転職した人の賃金が前の職場と比べてどう変わったかです(全職種、単位は%)。研究職だけの数字ではありません。また、実際に転職した人だけの数字で、応募して決まらなかった人は入っていません。
| 年齢 | 増えた | うち1割以上 | 変わらない | 減った | うち1割以上 |
|---|---|---|---|---|---|
| 35〜39歳 | 43.5 | 32.8 | 28.1 | 23.9 | 16.1 |
| 40〜44歳 | 44.9 | 29.9 | 24.6 | 27.4 | 17.6 |
| 45〜49歳 | 41.1 | 30.0 | 28.0 | 30.1 | 16.1 |
| 50〜54歳 | 29.4 | 18.4 | 26.7 | 42.0 | 28.3 |
| 55〜59歳 | 25.5 | 16.8 | 33.0 | 38.9 | 30.6 |
40代後半までは「増えた」が「減った」を上回り、50代で逆転します。
7-2. 私の考え:それがマーケットバリュー
私は、転職も専門分野によっては難しいと思っています。そして、それがその人の市場での値段(マーケットバリュー)なのだから、仕方がないと考えています。7-1の統計は転職した人の賃金の変化で、その人の能力や価値を測ったものではありません。この考えは、統計から出したものではなく、私の意見です。
前に研究職の年収の記事で書いたとおり、私は「大学で学んだことを就職先でも使うという前提がズレてる」と考えています。私の同世代にも、専攻にこだわって就職し、就職先の業績が悪くなって部署を閉じられ、配置転換されて苦しそうにしている人がいます。
8. 訴訟について:私の考えと、事実
私は、異動や解雇に不服で訴訟に持ち込んでも負けると思っていますし、そうすれば業界の中で要注意人物と見られて、転職もできなくなると思っています。それが雇われている人の宿命だと考えています。
事実として確かめられたのは、次のことです。
- 判決は、勝つ例も負ける例もあります。厚生労働省の労働契約法のセミナー資料には、外資系の金融情報会社で、職種を限って即戦力として採用された営業職の能力不足による解雇が有効とされた例(東京地裁2016年6月1日)と、米国の金融情報通信社の記者の解雇が無効とされた例(東京高裁2013年4月24日)の両方が載っています。2024年の最高裁判決も、技術職の側の訴えで、高裁の判断が覆りました。
- 勝ち負けの割合の公的な統計は、見つかりませんでした。最高裁の報告書によると、令和4年に終わった労働関係の訴訟3,836件は、平均17.2か月かかり、判決で終わったのは27.2%、和解が52.8%、取下げが16.6%でした。労働審判は平均90.3日で、69.4%が調停で終わっています(最高裁判所事務総局「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」令和5年7月)。
- 訴訟をした人がその後の転職で不利になるかを示す統計は、見つかりませんでした。これは私の考えとして書いています。
8-1. 私の考え:回避策は「ほぼない」
法律の上で異動を断る根拠になるのは、職種・勤務地を限る合意と、権利の濫用に当たる事情の2つです。限定の合意は、契約書・採用の経緯・任されてきた仕事の中身から判断されるもので、異動を言われてから用意できるものではありません。権利の濫用は、家族と別居する程度では認められなかった判決があり、主張するには資料と時間が要ります。私が「ほぼない」と書くのは、このためです。
法律で断る根拠とは別に、異動の時期や仕事の中身、育児・介護や病気への配慮を会社と話し合う余地はあります。研究の一部を続けられないか、専門を生かせる配置がないかを相談することもできます。ただ、それで変わるかどうかは会社次第です。
話し合う、受け入れる、断る、辞める。辞めるなら、6章の条件に当たるかを辞める前に確かめて、資料を残しておくことが、損をしないためにできることです。
役職から外れる年齢と給与は役職定年の記事に、管理職を降りる場合は管理職を降りたいときの記事に、会社の早期退職に応じた後のことは早期退職のその後の記事に書きました。
9. 計算機:断れるかの整理と、辞めた場合の失業給付
上で、契約の限定・異動の中身・事情を選ぶと、この記事の資料に照らした整理を出します。下で、年齢・加入期間・月給・離職理由を入れると、給付の日数、給付制限、基本手当日額と総額の目安、自己都合と特定受給資格者の差を出します。基本手当日額は、厚生労働省の令和8年8月1日からの計算式で、離職前6か月の月給(賞与を除く)から出した目安です。総額は、給付の日数のすべてで受給の条件を満たした場合の単純な計算で、受け取れる額の保証ではありません。早く再就職すれば、残りの日数分がそのまま支払われるわけではありません。加入期間は、過去に基本手当を受けたことがあると数え方が変わります。法的な判断や、ハローワークの決定の代わりにはなりません。
異動を断れるか・断って辞めたらどうなるか(整理と失業給付の計算)
選んだ内容と入力した数字は、このページの中で計算に使うだけで、どこにも送られません。法的な判断ではなく、この記事の資料に照らした整理です。
1. 断れるかの整理
当てはまる事情(いくつでも)
2. 断って辞めた場合の失業給付
9-1. 例で計算すると
45歳、雇用保険の加入15年、離職前6か月の月給が50万円(残業代込み、賞与なし)の人の場合です。
| 離職理由 | 給付制限 | 日数 | 基本手当日額の目安 | 総額の目安 |
|---|---|---|---|---|
| 正当な理由のない自己都合 | 1か月 | 120日 | 8,333円 | 999,960円 |
| 特定受給資格者 | なし | 270日 | 8,333円 | 2,249,910円 |
差は150日、総額で1,249,950円です(どちらも全日数を受け取った場合の単純な計算)。月給50万円は賃金日額16,666円で、45〜59歳の計算式では賃金日額の半分の8,333円になります(上限は9,110円)。
10. よくある質問
人事異動を断ったら、クビになりますか?
従わなければ、懲戒の対象になり得ます。東亜ペイント事件の会社は、転勤を拒否した社員を懲戒解雇しました。ただ、懲戒や解雇が有効かどうかは、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性があるかで判断されます(労働契約法15条・16条)。この事件でも、最高裁は懲戒解雇の有効性までは判断していません。
異動を断ってもいいですか?
職種や勤務地を限る合意があれば、会社は同意なしにその合意に反する異動を命じられません(最高裁2024年4月26日判決)。合意がなく、就業規則などに異動の定めがあれば、原則として断れません。例外は、業務上の必要がない、不当な動機・目的がある、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある場合です。
異動を拒否すると、出世に影響しますか?
影響を示す公的な統計は、見つかりませんでした。人事評価は会社の制度によります。
パートでも異動を拒否できますか?
雇用形態ではなく、契約の中身で決まります。2024年4月からは、パートを含むすべての労働者について、労働契約を結ぶときに就業場所・業務の変更の範囲が示されます。労働条件通知書を確かめてください。
うつや適応障害で、異動を拒否できますか?
本人の病気は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の事情として考えられます。主治医の意見を書面でもらい、会社の産業医にも相談してください。体の条件で新しい業務が難しくて辞めた場合は、特定理由離職者として給付制限がかかりません。
異動を拒否して退職したら、会社都合になりますか?
辞め方の形ではなく、離職の具体的な事情でハローワークが判定します。異動を断ったことがきっかけでも、職種転換で会社が必要な配慮をしていない場合(同じ職種に10年以上就いていて、十分な教育訓練がないまま職種を変えられた場合など)は、特定受給資格者になり得ます。判定はハローワークで、離職票-2で会社の書いた理由に異議を書けます。
異動の拒否権はありますか?
法律に「拒否権」という定めはありません。断れるのは、職種や勤務地を限る合意がある場合と、命令が権利の濫用に当たる場合です。
11. まとめ
- 就業規則などに異動の定めがあり、職種や勤務地の限定がなければ、異動は原則として断れない。業務上の必要性は広く認められる(東亜ペイント事件)。
- 職種を限る合意があれば、会社は同意なしにその合意に反する配置転換を命じられない(最高裁2024年4月26日判決)。ただし、合意があったかどうかは契約の中身と経緯で決まる。
- 業務上の必要がない、不当な動機・目的、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益のどれかに当たれば、権利の濫用になり得る。家族と別居する転勤は「通常甘受すべき程度」とされた。
- 断ったまま従わなければ、懲戒の対象になり得る。懲戒や解雇が有効かは労働契約法15条・16条で判断される。
- 辞めるなら、職種転換で会社が必要な配慮をしていない場合などは特定受給資格者になり得る。45歳・加入15年なら、日数は120日と270日。
- 会社と時期や中身を話し合う余地はあるが、変わるかは会社次第。私の考えは、回避策は「ほぼない」。転職も専門分野によっては難しいが、それがマーケットバリュー。
12. 出典
- 最高裁判所 昭和61年7月14日 第二小法廷判決(昭和59(オ)1318、東亜ペイント事件)「裁判例結果詳細」(全文PDF)
- 最高裁判所 令和6年4月26日 第二小法廷判決(令和5(受)604)「裁判例結果詳細」(全文PDF)
- 大阪地方裁判所 労働部「配置転換に関する事件」
- e-Gov法令検索「労働契約法」3条・15条・16条、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」26条、「労働基準法施行規則」5条、「労働基準法」106条
- 厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」
- 厚生労働省「雇用保険に関する業務取扱要領(令和7年4月)50301〜50400 所定給付日数」(特定受給資格者・特定理由離職者の範囲と判断基準を含む)
- ハローワークインターネットサービス「基本手当について」「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要」「基本手当の所定給付日数」
- 群馬労働局・ハローワーク「令和7年4月1日以降に離職された方は、正当な理由がない自己都合により退職した場合、給付制限期間が原則1か月となります」、厚生労働省「令和7年4月以降に教育訓練等を受ける場合、給付制限が解除され、基本手当を受給できます」
- 厚生労働省「基本手当日額の計算式及び金額(令和8年8月1日〜)」「雇用保険の基本手当日額が変更になります」
- 厚生労働省「離職された方へ(離職票-2の離職理由欄等の記載方法)」
- 厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和8年7月7日)
- 厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成21年3月改訂)
- 厚生労働省「令和7(2025)年雇用動向調査結果の概況」表6
- 厚生労働省 労働契約法等の解説セミナー資料「解雇の裁判例」
- 最高裁判所事務総局「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(令和5年7月)地方裁判所における民事第一審訴訟事件の概況及び実情」1.2.4 労働関係訴訟
- Yahoo!知恵袋(閲覧数は2026年10月14日時点):異動を拒否するなら、会社を辞めるしかありませんか?、望まない部署異動の内示が出たのでお断りしました

コメント