退職金の前払い制度は損か得か|手取りは約6割。一括に追いつく利回りと、途中で辞める確率で決まる分かれ目(計算機つき)

退職金の前払い制度は損か得か|手取りは約6割。一括に追いつく利回りと、途中で辞める確率で決まる分かれ目(計算機つき) 生き方・キャリア

「退職金 前払い制度」「退職金の前払いと一括、どっちが得か」で調べて来られた方に、先に結論を書きます。

退職金の前払いは、在職中に退職金にあたる分を給与や賞与に上乗せして受け取るしくみで、給与として所得税・住民税・社会保険料がかかります。年収700万円・45歳の例では、前払い1万円の手取りは約6,180円です。一括で受け取る退職金は退職所得控除が大きく、大企業のモデル退職金(大学卒・勤続38年で2,560.8万円)でも税は約41万円です。この差を運用で埋めるのに要る利回りは、定年までの残りの年数で決まり、38年なら年2.7%、16年なら4.9%、10年なら7.5%です(前払いで増える厚生年金を入れると2.1%、3.8%、5.4%)。もう一つの分かれ目は、定年まで同じ会社にいるかどうかです。大企業のモデルでは、勤続10年の退職金は定年時の13%しかありません。前払いの額が毎年同じ額の会社なら、10年で辞めた人は運用しなくても前払いのほうが多く受け取れます。私は会社の退職金をもらったことがなく、全額を前払いでもらっているのと同じ立場で、ナスダック100の3倍型の投資信託に毎月25万円を積み立てています。2026年11月7日の時点で−25.49%です。値動きが大きすぎるので、すすめません。年収・残りの年数・利回りから、前払いと一括の差を出す計算機を10章に置きました。

知りたいこと 答え 章
前払いの手取りはどれくらいか 年収400万円で額面の約75%、700万円で約62%、1,000万円で約65%(45歳の例) 3章
一括とどちらが得か 前払いを運用して年2.7〜7.5%を超えれば前払い。残りの年数が短いほど高い利回りが要る 4章
過去のデータではどうだったか 16年の積み立てで一括を下回ったのは、S&P500で23%、ナスダック100で17%、3倍型で46%の期間 5章
途中で辞めると何が変わるか 退職金は勤続20年を過ぎてから大きく増える。前払いの額が毎年同じなら、辞める人ほど前払いが有利 6章
会社はなぜ前払いを選ばせるのか 後払いは社員を辞めにくくするしくみ。前払いを選べるようにすると、中途の人も入りやすくなる 7章
あなたはどうしているか 会社員なら前払いを選ぶ。3倍型で運用しているが、すすめない 8章
最初に何を確かめるか 自分の会社の前払いの額の決め方(毎年同じ額か、その年に増える分か)と、後から変えられるか 9章

1. 先に、立場を書きます

私は会社員として退職金をもらったことがありません。20年近く、会社に雇われずに働いてきました。自営業には会社の退職金がないので、老後のお金は自分で積むしかありません。これは、退職金の全額を前払いでもらって、自分で運用しているのと同じ形です。

もし私が会社員なら、前払いを選びます。一つの会社に定年までいるつもりがないからです。必要な経験を積んだら、それを足がかりにして次の会社へ移ります。6章で書くとおり、退職金は長く勤めた人ほど大きく増えるしくみなので、辞める前提の人には後払いの増え方が届きません。前払いでもらって運用もするので、私の場合は前払いのほうが得になります。

運用は、ナスダック100の3倍の値動きをめざす投資信託(auAMトリプル・NASDAQ100為替ヘッジ無し)に、毎月25万円を積み立てる設定にしています。2026年11月7日の時点で、評価損益は−25.49%です。11月3日の米国の中間選挙の結果が出たあと、11月5日にナスダック100が1日で6.4%下げた週でした。3倍型は、下げた日にその3倍近く下がります。素人にはすすめられないやり方です。それでも私が続けている理由と、すすめない理由は8章に書きます。

この記事の数字は、国税庁・厚生労働省・中央労働委員会・東京都・米国労働統計局の資料と、米国の連邦準備制度のデータベース(FRED)にある指数で計算しました。前払いを選んだ社員の割合など、公表されていない数字は使っていません。

2. 退職金の前払い制度とは

2-1. しくみ

退職金の前払い制度は、退職するときにまとめて払う退職金のかわりに、在職中の給与や賞与に上乗せして払う制度です。退職金と前払いのどちらかを社員が選ぶ「選択制」の会社と、退職金をやめて全員を前払いにする会社があります。前払いを選んだ分は、辞めるときにはもう出ません。

2-2. 税金は「給与」になる

国税庁の質疑応答では、前払い制度で払われる退職金にあたる額は「退職により一時に支払を受ける給与ではありません」とされ、退職所得ではなく給与所得になります。給与所得には、退職所得控除も、2分の1にする計算も使えません。

2-3. 社会保険料もかかる

健康保険法と厚生年金保険法では、労働の対償として受けるものは、毎月払われれば「報酬」、3か月を超える期間ごとに払われれば「賞与」として、どちらも保険料の対象になります。前払いは給与や賞与に上乗せして払われるので、保険料がかかります。会社も、ほぼ同じ額の保険料を負担します。一方、退職するときに一度だけ払われる退職金は「臨時に受けるもの」にあたり、保険料はかかりません。

2-4. 企業の例

セガサミーホールディングスは、2023年4月3日の報酬制度の資料で、ベースアップや賞与の一部組み込み、退職金制度の改定によって、既存の従業員の月額の平均給与を約22%(年収ベースでは約15%)引き上げる方針を示し、注記で「退職金の前払い制度(選択制)の導入を予定しており、その選択により増加率は変化します」と書いています。2026年11月に私が見たテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」では、前払いを選んで辞める社員が出ることは会社も分かっている、会社と社員は対等なのがよく、そうすることで選ばれる会社になり、中途の人にも入ってもらえる、という趣旨の説明がありました。前払いの使い道としては、NISAに入れる社員や、趣味の買い物に使う社員が紹介されていました。前払いを選んだ社員の割合は出ていませんでした。

2-5. 前払いとは別に、企業型DCがある

中央労働委員会の令和7年の調査(資本金5億円以上かつ1,000人以上の企業)では、退職年金の制度がある144社のうち、104社(72.2%)が企業型の確定拠出年金(企業型DC)を採用しています。企業型DCは、会社の掛金が社員ごとの口座に入り、社員が運用します。掛金を入れるときに税がかからない代わりに、受け取りは60歳以上からで、前払いのように途中で使うことはできません。会社によっては、前払い・企業型DC・退職金のどれにするかを選べます。

3. 前払いの手取りは、額面の約6〜7割

前払いを1万円増やしたときに、手元に残る額を年収ごとに計算しました。所得税(復興特別所得税を含む)・住民税・社会保険料の本人負担を引いた額です。

年収 前払い1万円の手取り(45歳) 同(30歳) 厚生年金は増えるか
400万円 7,480円 7,540円 増える
500万円 7,150円 7,210円 増える
700万円 6,180円 6,240円 増える
1,000万円 6,520円 6,570円 増えない(上限を超える)
1,200万円 6,230円 6,280円 増えない(上限を超える)

前提:給与として毎月払われる場合。健康保険5.0%・介護保険0.8%(40〜64歳)・厚生年金9.15%・雇用保険0.55%(いずれも本人負担)、所得税の基礎控除62万円(令和10年分以後の額。令和8・9年分は所得に応じて62万〜104万円)、住民税の基礎控除43万円で計算した概算です。令和8・9年分の上乗せで変わるのは、この記事の例では年収500万円だけです(所得税の税率が5%の区分に入り、前払い1万円あたりの手取りが約7,150円から約7,480円になる。2年間だけの話です)。ほかの年収の例は変わりません。健康保険の料率は加入している健保で変わります。ほかの控除(配偶者・扶養・iDeCoなど)は入れていません。

年収700万円の手取りが1,000万円より低いのは、二つの理由からです。年収660万〜850万円では、給与が増えても給与所得控除が増える割合が10%しかありません。また、厚生年金の保険料は標準報酬月額65万円が上限で、年収1,000万円では前払いを足しても保険料が増えません。その代わり、年金も増えません。

一括で受け取る退職金は、退職所得控除を引いた残りの半分にだけ税がかかります。大企業のモデル退職金(中央労働委員会、大学卒・事務技術の総合職、会社都合)で計算すると、次のとおりです。

勤続年数 退職金(モデル) 退職所得控除 税(所得税・住民税) 手取り
10年 333.0万円 400万円 0円 333.0万円
20年 952.3万円 800万円 約11.5万円 約940.8万円
30年 2,009.9万円 1,500万円 約41.6万円 約1,968.3万円
38年(60歳) 2,560.8万円 2,060万円 約40.7万円 約2,520.1万円

退職所得控除は、勤続20年までは1年40万円、20年を超えた分は1年70万円です(国税庁の令和8年分の表)。ほかに退職金を受け取っていない場合の計算です。

前払いは給与なので、額面の25〜38%が税と社会保険料で消えます。一括は、控除の範囲に収まればほとんど税がかかりません。前払いが一括に勝つには、この差を運用で取り返す必要があります。

前払いで厚生年金の保険料を払った分は、年金で一部が戻ってきます。老齢厚生年金の報酬比例部分は、平成15年4月以後の加入期間について、平均標準報酬額×5.481/1,000×加入月数で決まります。前払いの額面の合計に5.481/1,000を掛けた額が、65歳からの年金の年額に上乗せされる目安です(標準報酬の上限の内側にいる場合)。

4. 一括に追いつく利回りは、残りの年数で決まる

大企業のモデル退職金の伸び方で、前払いの額を「その年に増える退職金の分」として、年収700万円・45歳の手取り率(約62%)で毎月積み立てた場合を計算しました。一括の側は、その期間の分の退職金を一括で受け取った場合の手取りです。

前払いにする期間 前払いの額面 手取りで積み立てる額 一括なら手取り 一括に追いつく年利 年金の増分を入れると
新卒から定年まで38年 2,561万円 1,584万円 2,520万円 2.7% 2.1%(年14.0万円×20年)
44歳から残り16年(勤続22〜38年) 1,407万円 870万円 1,366万円 4.9% 3.8%(年7.0万円×20年)
50歳から残り10年(勤続28〜38年) 772万円 477万円 731万円 7.5% 5.4%(年4.2万円×20年)

前提:中央労働委員会「令和7年退職金、年金及び定年制事情調査」のモデル退職金(大学卒・事務技術の総合職・会社都合、調査産業計)を、表の勤続年数の間は直線で結んで1か月ごとの増え方にしました。年金の増分は、前払いの年額の平均を月給に足して、厚生年金の標準報酬月額の上限(65万円)を超える分を除き、65歳から85歳まで20年受け取った単純な合計です。運用の利益にかかる税は入れていません(NISAの想定)。実際にこの形と額で前払いをしている会社があるとは限りません。一括と比べるための仮定です。

新卒から前払いにする人は、年2.7%で回せば一括に並びます。38年あれば、積み立てた最初の分が長く育つからです。50歳から残り10年の人は7.5%が要ります。同じ制度でも、何歳で選ぶかで答えが変わります。

前払いを運用せずに使う場合は、一括のほうが確実に多くなります。年収700万円の例では、額面の約38%が先に引かれ、それを取り返す手段がないからです。ただし、金利のかかる借入れ(住宅ローンなど)の返済に回すなら、その金利で運用したのと同じ効果があります。

ちなみに、前払いの月額はモデル退職金の増え方から逆算すると、勤続10年までは月2.8万円、10〜20年は月5.2万円、20〜30年は月8.8万円、30〜38年は月5.7万円です。実際の前払いの額は、会社の規程で決まります。

5. 過去のデータで試すと

4章の利回りを、過去の相場で本当に超えられたかを試しました。1986年以降の毎月を始まりにして、16年・10年の積み立てを、ずらしながら全部計算しています。38年は過去のデータでは36通りしかないので、1年分ずつのかたまりを並べ替えた8,000通りで計算しました。

5-1. 一括を下回った割合

運用先 38年(並べ替え) 残り16年(過去) 残り10年(過去)
S&P500(1倍、NISA) 4.0% 23.2% 33.5%
ナスダック100(1倍、NISA) 1.9% 17.0% 26.9%
ナスダック100の3倍(課税口座) 16.9% 46.3% 37.6%

5-2. 残り16年の場合の中身(一括の手取りは1,366万円)

運用先 中央値 下位10% 最も悪かった期間 平均
S&P500(1倍) 2,042万円 953万円 792万円 2,012万円
ナスダック100(1倍) 2,717万円 1,215万円 974万円 3,512万円
ナスダック100の3倍 2,229万円 289万円 55万円 1億3,952万円

前提:ナスダック100はFREDの指数(配当を含まないので、年0.6%の配当を足した)、S&P500はイェール大学のロバート・シラー教授のデータ(配当込み、2023年6月まで)で、どちらもドル円で円に直しました。1倍は信託報酬0.2%、3倍は「毎日3倍に動き、3倍にするための借入れの費用(米国の政策金利+0.5%)と信託報酬0.4334%を引く」計算上の値です。3倍型はNISAで買えないので、利益に20.315%の税を引きました。16年はナスダック100が1986年1月〜2010年12月に始めた300通り、S&P500が1986年1月〜2007年7月に始めた259通りです。実際の投資信託の成績ではありません。

3倍型は、平均では1億円を超えて、いちばん大きくなります。一方で、中央値はナスダック100の1倍より低く、一括を下回った期間は半分近くありました。平均を押し上げているのは、2009年以降のような上げ相場がずっと続いた一部の期間です。もう一つ、積み立ての最後の数年に大きく下げると、それまで一括を上回っていた差が一度に消えます。定年の直前は、運用している額がいちばん大きくなる時期でもあります。

5-3. 何倍が最も増えたか

1986年から2026年11月までの日々の値動きで、1倍・2倍・3倍の年率を出すと、次のとおりです(ドル建て、上と同じ費用を引いた計算)。

期間 1倍 2倍 3倍
1986〜2026年 14.4% 17.5% 12.8%
2000〜2008年 −11.4% −34.0% −57.0%
2009〜2026年 19.5% 33.8% 43.3%
最も大きな下落 −82.7% −98.8% ほぼ−100%

41年を通すと、3倍は1倍より低くなりました。2000年からの下げで、3倍は計算上ほぼゼロまで下がったからです。資金を最も速く増やす賭けの割合を出すケリー基準で計算すると、1986〜2026年のデータでは約1.9倍、2009年以降だけなら約4.0倍でした。3倍が正しいかどうかは、2009年以降のような相場がこの先も続くと見るかどうかで決まります。

5-4. 暴落はほぼ毎年来る

1986〜2026年の41年のうち、ナスダック100が年の中で高値から10%以上下げた年は38年、15%以上下げた年は20年でした。計算上の3倍型では、年の中で30%以上下げた年が38年ありました。今の私の−25.49%は、3倍型ではほぼ毎年起きる大きさです。

では、大きく下げた月に買った分は、その後よかったのか。過去1年の高値から15%以上下げた月に買った分と、10%未満の月に買った分の、5年後の中央値を比べました。1倍は1.71倍と2.35倍、3倍は1.97倍と3.70倍で、下げた月に買った分のほうが低く出ました。2000〜2002年や2008年のように、下げは続けて来ることが多いからです。過去のデータでは、「下げた時に買えば得」とは言えません。

6. 途中で辞めると何が変わるか

6-1. 退職金は、長く勤めた最後の方で増える

勤続年数 3年 5年 10年 15年 20年 25年 30年 35年 60歳(38年)
大学卒のモデル退職金(会社都合) 74.0万円 129.8万円 333.0万円 601.2万円 952.3万円 1,457.1万円 2,009.9万円 2,369.5万円 2,560.8万円

出典:中央労働委員会「令和7年退職金、年金及び定年制事情調査」表11(資本金5億円以上かつ1,000人以上、令和7年6月末現在。退職年金を併用している企業は年金の現価額を含む)

勤続10年は定年までの26%の年数ですが、退職金は定年時の13%です。勤続20年でも37%です。中途で入って16年勤めた人の退職金は、このモデルで671万円です。新卒で入った人の最後の16年(勤続22〜38年)に増える分は1,407万円です。同じ16年でも、どの16年かで2倍以上違います。

自分の都合で辞めると、さらに減ります。都内の中小企業のモデルでは、大学卒・勤続10年の自己都合は112.5万円で、会社都合144.8万円の78%です(東京都、令和6年)。

6-2. 前払いの額の決め方で、辞めた人の結果が変わる

前払いの額の決め方には、大きく分けて二つの形が考えられます。一つは、その年に増える退職金の分を払う形(後ろの年ほど額が大きい)、もう一つは、定年時の額を年数で割って毎年同じ額を払う形です。新卒で入り、10年で自分の都合で辞めた場合を比べました(年収700万円の手取り率、自己都合は会社都合の78%で計算)。

前払いの形 運用しない 年3%で運用 一括(自己都合)
その年に増える分を払う 242万円 272万円 260万円
毎年同じ額を払う 491万円 559万円 260万円

前払いの側は、手取りの積み立てに、前払いで増える厚生年金(20年分)を足した額です。

増える分を払う形なら、辞めても一括と大きな差はありません。毎年同じ額の形なら、10年で辞めた人は運用しなくても約1.9倍を受け取ります。「10年で辞めるか、定年まで残るか」の二つで考えると、運用しない場合でも、定年まで残る確率が26%より低い人は、毎年同じ額の前払いのほうが期待値が高くなります。年3%で運用できれば、辞めても残っても前払いのほうが多くなります。

6-3. 辞める人は、どれくらいいるか

厚生労働省が2026年10月23日に公表した統計では、2023年3月に大学を卒業して就職した人の31.2%が、3年以内に辞めています。1,000人以上の事業所でも24.2%です。

米国労働統計局が1957〜1964年生まれの人を追いかけた調査(2025年8月公表)では、18〜58歳のあいだに就いた仕事の数は平均12.9で、そのうち5.6は24歳までです。2026年1月の時点で、今の勤め先での勤続年数の中央値は4.1年です。私は大学生のころ「アメリカでは天職を見つけるまでに20回転職するのが当たり前」と聞きましたが、この調査で就いた仕事の数は12.9でした(転職の回数ではなく、仕事の数です)。それでも、一つの会社で定年まで過ごす前提の働き方とは、まったく違います。

7. 会社はなぜ前払いを選ばせるのか

退職金を最後にまとめて払うしくみは、経済学では社員を辞めにくくするしくみとして説明されてきました。米国の経済学者エドワード・ラジアーの1979年の論文は、給料の一部を後払いにすると、社員は途中で辞めたり手を抜いたりすると損をするので、長く真面目に働くようになると説明しています。後払いの分は、会社が預かる人質のような役目をします。

もう一つ、後払いの多い会社には、長くいるつもりの人が集まります。1976年のサロップ夫妻の論文は、会社が給料の払い方を選ばせると、辞めやすい人と辞めにくい人が自分から分かれる(自己選択)ことを示しました。退職金が後ろに偏っている会社は、すぐ辞めるつもりの人には魅力がなく、途中から入る人にも不利です。6-1の表のとおり、中途の16年は新卒の最後の16年の半分以下にしかなりません。

ゲーム理論で見ると、前払いを選べる制度は、社員に「自分が定年まで残るかどうか」を自分で申告させる形です。辞めるつもりの人は前払いを、残るつもりの人は一括を選びます。会社は、前払いを選んだ人が辞めやすいことを知ったうえで、人質を手放します。そのかわり、人質がなくても残ってもらえるだけの給料や仕事を出す、と社員と中途の応募者に示すことになります(シグナリング)。2-4のワールドビジネスサテライトでの説明は、この考え方と重なります。

社員の側にも、後払いのリスクがあります。退職金を受け取るのは何十年も先で、その間に規程が変わることがあります。中央労働委員会の令和7年の調査では、最近2年間(2023年7月〜2025年6月)に退職一時金の制度を変えた大企業は134社中25社(18.7%)、退職年金の制度を変えた企業は144社中36社(25.0%)でした。会社が倒産して退職金が払われない場合は、国の未払賃金立替払制度で退職手当も立替払の対象になりますが、立替払は未払分の8割で、退職日に45歳以上なら上限は296万円です(労働者健康安全機構)。前払いでもらった分は、その時点で自分のものになります。

8. 私が前払いを選ぶ理由と、3倍型をすすめない理由

私が会社員なら前払いを選ぶ理由は、6章の二つです。一つの会社に定年までいるつもりがないので、後払いの増え方は届きません。そして、受け取った分は運用に回すので、4章の利回りを超えられる見込みがあります。

運用先を3倍型にしているのは、5章のとおり、平均では最も大きくなるからです。ただし、中央値と下位の結果は悪く、一括を下回った期間は16年で半分近くありました。私がそれを受け入れられるのは、損をしても生活が壊れない条件があるからです。事業の収入があり、借金をして投資をしたことは一度もありません。FX(外国為替証拠金取引)で200万円以上、仮想通貨でも損をしましたが、事業があったので生活は破綻しませんでした(リスクを取るとはに詳しく書いています)。

退職金が老後のお金の中心になる会社員が、同じことをするのはすすめません。理由は四つです。

  • 3倍型は、年の中で30%以上下がるのがほぼ毎年で、2000年からのような下げではほぼゼロになる計算でした。
  • 3倍型のような高レバレッジ型の投資信託は、NISAの対象から外されています。利益に約20%の税がかかります。
  • 残り10年なら、過去の期間の27〜38%で一括を下回りました(ナスダック100の1倍で27%、S&P500で34%、3倍型で38%)。50代で前払いにして3倍型に入れるのは、一括に負ける確率がかなり高い選択です。
  • 下げたときに怖くなって売ると、平均どころか最悪の側の結果になります。

若い人に伝えたいのは、年数の強さです。新卒から38年積み立てる場合、3倍型でも一括を下回ったのは約17%で、残り10年の約38%の半分以下でした。暴落はほぼ毎年来るので、若い人はそれを何十回もくぐりながら積み立てを続けられます。ただし、5-4のとおり「下げた月に買った分ほど得をした」わけではありません。若さの強みは、安く買えることではなく、下げても積み続けられる年数が残っていることです。

9. 前払いを選ぶ前に確かめる4つ

  1. 前払いの額の決め方。その年に増える分か、毎年同じ額か。後から一括に戻せるか。移行する前の分の退職金は退職時まで据え置かれるか。会社の退職金規程か、前払い制度の説明資料で確かめます。
  2. 定年まで残る見込み。辞める見込みが高いほど、前払いが有利になります。とくに前払いが毎年同じ額の会社では差が大きくなります。
  3. 前払いを運用に回すか。使うなら、一括のほうが多くなります。運用するなら、自分の残りの年数で要る利回りを10章の計算機で出します。
  4. 企業型DCを選べるか。60歳まで引き出せなくてよいなら、掛金を入れるときに税がかからない企業型DCも比べます。

10. 計算機:前払いと一括の差、追いつく利回り

年収・年齢・定年までの残りの年数・定年時の勤続年数を入れると、前払いの手取り、運用した場合の額、一括の手取り、一括に追いつく利回り、増える厚生年金の目安を出します。退職金の額が分からなければ空欄のままにすると、大企業のモデル退職金(中央労働委員会、大学卒)の伸び方で計算します。自分の会社の額を入れると、前払いを毎年同じ額として計算します。結果の最後に、自分の条件で比べさせるAI向けの相談文を付けました。

退職金:前払いと一括の差

入れた数字は、このページの中で計算に使うだけで、どこにも送られません。税と社会保険料は概算です(3章の前提)。

11. よくある質問

前払い退職金のデメリットは?

給与として所得税・住民税・社会保険料がかかり、年収700万円の例では額面の約38%が引かれます。一括なら退職所得控除の範囲でほとんど税がかからないので、前払いを使ってしまうと一括より少なくなります。前払いにした分は、辞めるときには出ません。

前払いを選ぶと、退職金はもらえなくなりますか?

前払いを選んだ期間の分は、すでに受け取っているので、辞めるときには出ません。前払いに移る前の期間の分を、退職するまで据え置いて退職金として払う会社もあります。国税庁の質疑応答では、そうして退職時に払う分は退職所得になるとされています。会社の規程で確かめてください。

前払い退職金の平均はいくらですか?

前払いの額の統計は公表されていません。大企業のモデル退職金の増え方から逆算すると、勤続10年までは月2.8万円、10〜20年は月5.2万円、20〜30年は月8.8万円、30〜38年は月5.7万円です。実際の額は会社の規程で決まります。

退職金の前払いは一括払いですか?

多くは、毎月の給与か賞与に上乗せして払われます。退職金の制度をやめるときに、それまでの分を一度に払う「打切支給」は別の扱いで、退職金前払い制度に移るための打切支給は給与所得になると、国税庁の質疑応答に書かれています。

前払い退職金は残業代の計算に入りますか?

労働基準法施行規則21条で、割増賃金(残業代)の計算から除く賃金は、家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金です。毎月の給与で払われる前払いはこのどれにもあたらないので、残業代の時間単価の計算に入ると読めます。賞与に上乗せされる分は「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」として入りません。会社の規程と給与明細で確かめてください。

前払いと一括、20代ならどっちがいいですか?

新卒から前払いにする場合、一括に追いつく利回りは年2.7%(年金の増分を入れると2.1%)で、過去のデータで38年積み立てて一括を下回った割合は、S&P500で4.0%、ナスダック100で1.9%でした。運用する前提なら、年数の長い人ほど前払いが有利です。前払いを使ってしまうなら、一括のほうが多くなります。

50代から前払いにするのはどうですか?

残り10年なら、一括に追いつく利回りは年7.5%(年金を入れて5.4%)で、過去のデータでは、一括を下回った期間がナスダック100の1倍で27%、S&P500で34%、3倍型で38%ありました。運用で取り返す時間が短いので、定年まで勤める見込みが高いなら一括のほうが確実です。

12. まとめ

  • 前払いは給与として税と社会保険料がかかり、手取りは額面の約6〜7割です。一括は退職所得控除で、ほとんど税がかかりません。
  • 前払いが一括に勝つには運用が要り、要る利回りは残りの年数で決まります。38年なら年2.7%、16年なら4.9%、10年なら7.5%です(年金の増分を入れると2.1%、3.8%、5.4%)。
  • 過去のデータでは、16年の積み立てで一括を下回ったのは、S&P500で23%、ナスダック100で17%、3倍型で46%の期間でした。3倍型は平均では最も大きくなりますが、中央値は1倍より低く出ました。
  • 退職金は勤続20年を過ぎてから大きく増えます。前払いの額が毎年同じ額なら、途中で辞める人ほど前払いが有利です。
  • 私は会社員なら前払いを選び、3倍型で運用していますが、すすめません。若い人の強みは、暴落を何度くぐっても積み続けられる年数です。

13. 出典

14. あわせて読む

 

── 無料メール講座(全6章・14通)──
真面目に働いても給料が上がらないのは、
あなたの能力ではなく
買い手が一社しかいないからです。
売り手が多数いて、買い手が一者しかいない市場では、
価格は買い手の内部規則で決まります。
転職しても、買い手が別の一社に変わるだけ。
構造は変わりません。
必要なのは努力の量でも我慢でもなく、
会社以外に
「自分の判断にお金を払う相手」
を一つ持つこと。
月3万円で構いません。
それだけで、組織との距離の取り方が変わります。
動かない録画機器を1,000円以下で仕入れ、
中古ドライブ(部品代2,000円)に交換。
ついでに容量を増やして15,000円で販売。
── 20年の現場から、実例の一部
この無料講座で扱う内容
  • 壊れた商品のどこに価格差が眠るのか
    「歪みの4類型」
  • 手数料・送料・作業時間まで含めた
    「1件の利益計算式」
  • 絶対に手を出してはいけない
    「除外リスト7項目」
  • 6日目には、元手ゼロで
    今週できる実践ワーク(約70分)
※手を動かさずに稼ぐ方法をお探しの方には向きません。
そのことも講座内で明記しています。
20年
現場での実践
全14通・2週間。
1通3〜5分で、通勤中にも読み切れる分量です。
まずは14通の無料講座で、
「第二の買い手」という考え方を確認してください。
登録30秒・無料・いつでも解除できます


「第二の買い手」を作る14通を無料で読む →

※後半に有料商品のご案内があります。
第1通の冒頭で明記します。

にほんブログ村の「せどり」ランキングに参加しています

にほんブログ村 小遣いブログ せどりへ PVアクセスランキング にほんブログ村
生き方・キャリア