放置系研究室で「何も身につかない」と感じたら|指導なしで20年働いた側から見た、自由すぎる環境の使い方

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「放置系研究室 何も身につかない」「放置系研究室 鬱」「研究室 自由すぎる」。この記事に来る検索語は、ほぼこの三つです。

先に断っておきます。私は研究室にいたことがありません。大学の研究室の中で何が起きているかは書けませんし、書きません。私に書けるのは別のことです。誰にも指導されず、報告する相手もおらず、進捗を確認してくる人間が一人もいない環境で、20年近く自宅で一人で働いてきた側の話です。会社員をしたことがないので、「上司がいない状態」は私にとって例外ではなく、ずっと標準でした。

放置系研究室で起きていることは、私が20年やってきたことの縮小版だと思っています。だからこの記事は、研究室の解説ではなく、「放置された環境で何が身につき、何が身につかないか」を、実際に放置され続けた人間の側から書きます。

「何も身につかない」は正しい観察

最初に、検索語のほうが正しいと言っておきます。放置系研究室では何も身につきません。正確に言うと、研究室があなたに何かを渡すことはありません。

会社や普通の研究室は、本人が気づかないうちに四つのものを無料で渡しています。時間の枠(何時に来て何時に終わるか)、場所の切替(ここに来たら作業モードになる)、進捗の外部確認(誰かが定期的に見て、遅れていれば言ってくる)、所属の確認(自分は誰かの役に立っているという感覚)。この四つは、渡されている間は存在に気づきません。なくなって初めて、自分が一日をどう組み立てていたかが、全部それに依存していたと分かります。

放置系研究室は、この四つのうち、時間の枠と進捗の外部確認が最初から渡されない環境です。場所の切替は研究室という物理空間がある分だけまだ残っていて、所属の確認は評価者が教授一人しかいないので、その一人が何も言わなければゼロになります。

つまり「何も身につかない」のは、あなたの能力の問題ではなく、身につく仕組みそのものが外部から供給されていないという構造の問題です。そして、この構造の中で身につくものが一つだけあります。四つの仕組みを自分で作り直す力です。それは研究テーマとは何の関係もなく、研究室を出た後に一番効きます。ここから先は、その作り直し方を、私が20年かけて実装した順に書きます。

放置系とブラックを分けるのは、拘束の有無だけ

旧版のこの記事には、放置系とブラック研究室の違いを表にした部分がありました。項目を並べるとそれらしく見えますが、実際に分けている変数は一つです。拘束時間があるかどうか。

ブラックは時間を奪います。放置系は時間を渡してきます。奪われる側の苦しさは分かりやすく、周囲も同情します。渡される側の苦しさは分かりにくく、周囲からは「自由でいいね」と言われます。「自由すぎる」で検索する人が抱えているのは後者で、これは苦しさとして認識されにくい分、長引きます。

私の場合、時間は最初から全部自分のものでした。誰も奪わない代わりに、誰も枠を作ってくれない。この状態で最初に起きるのは、「いつ終わりか分からないので、いつまでも始められない」という現象です。研究室のコアタイムがないとき、朝に研究室に向かう理由が見つからないのは、怠けているからではなく、終わりの時刻が定義されていないからです。

鬱っぽくなるのは、評価者が一人しかいないから

「放置系研究室 鬱」で来た人に、私の実測を一つ書きます。

古本の転売を主な仕事にしていた時期に、約2年、動けなくなったことがあります。売上は落ちていませんでした。むしろ金は入ってきていた。それでもベッドから起き上がれず、梱包と発送が遅れて顧客からクレームが入り、それでもやる気が戻らず、遅れ続けました。金が入っているのに動けない、というのがこの状態の特徴で、外から見れば「儲かっているのに何を悩んでいるのか」になります。

当時の自分に足りなかったのは、金でも時間でもなく、「自分は誰かの役に立っている」という感覚の外部からの入力でした。古本を出品して売る仕事は、買い手の顔が見えません。評価はAmazonの数字だけで、その数字は「役に立った」とは言ってくれない。研究室に置き換えると、評価者が教授一人しかいなくて、その一人が何も言わない状態です。評価の入力がゼロのまま数か月続くと、成果が出ているかどうかとは無関係に、動けなくなります。

私が戻ったきっかけはジョギングと、そのあとジムで筋トレを始めたことでしたが、これは私一人の話であって、あなたに効くかは分かりません。ここで一般化するつもりはないです。ただ、構造としてはっきり言えることが一つあります。評価者が一人しかいない環境で、その一人からの入力が止まったとき、人は「自分に価値がない」と結論します。これは事実ではなく、入力の欠損です。教授があなたを見ていないことと、あなたに価値がないことは、別の命題です。

自分では判断がつかないほど落ちていると感じるなら、大学には学生向けの相談窓口があります。放置系の教授が使わない機能でも、大学という組織は持っています。そこは使っていい。ここから先に書く「仕組みの作り直し」は、動ける状態に戻ってからの話です。

放置ではなく、教授や進捗報告から「無能だ」という判定を受けてつらい場合は、その判定の母数が一つしかないという話を研究室で「無能だ」と感じてつらい人へに分けて書いています。この記事は、評価そのものが来ない「放置」という構造の話です。

回避行動:研究室を「必修科目」に格下げする

ここまでは構造の話でした。ここからは、実際に何をするかです。最初にやるべきことは一つで、研究室を「卒業条件を満たすための必修科目」に格下げすることです。

放置系研究室で苦しくなる人の多くは、研究室を「キャリアの入口」として扱っています。ここで成果を出し、教授の推薦で関連企業に入り、専攻を活かした仕事に就く。この筋書きを前提にしているから、放置されていることが「キャリアの入口で止められている」ことと同じ意味になり、焦りが出ます。

この前提を、一度外して見直してください。大学で専攻したことを社会で使う人より、使わない人のほうが多い。これは私の周囲を見ても、採用する側の話を聞いても、変わりません。理系の大学で本当に汎用が効くのは専攻の中身ではなく、仮説を立てて検証する手順と、論理を組む習慣のほうで、それは研究テーマが何であっても、放置されていても、身につきます。研究とキャリアを盲目的に結びつけるのは、むしろ選択肢を狭める側の行動です。

深く考えずに専攻の延長線上で狭いキャリアを選んだ人たちが、その後どうなったかは、就職氷河期の世代を見ると分かります。会社の業績が落ちて部署が閉鎖され、配置転換され、最後には専攻とまったく関係のない業界に流れていった人が、私の周囲にもいます。就職した時点では勝ち組と言われていた人たちです。専攻にしがみつくというのは、買い手を一社どころか、一業界に固定する行為です。

学歴についても同じことが言えます。私の見立てでは、学歴の価値はかつてないほど下がっています。超一級の大学は別として、大学で学んでいる内容の多くは、いまAIが数秒で要約できる深さのものです。無駄だとは言いません。ただ、そこに追加で時間を注いだときの限界効用は、非常に浅い。研究室で放置されている時間を、その浅い限界効用の場所に全部投げるか、別のところに振り分けるか。これは選べます。

私がやったこと:研究室に所属しない、という選択

私の大学は卒業研究が必修ではありませんでした。行きたい研究室もなかったので、研究室に所属しないという選択をしました。必修でなかったからできた、尖った選択です。

その時間で何をしていたかというと、他大学の学生が立ち上げた「share project」という学生団体に参加していました。金融業界に就職する学生が集まって勉強会をする集まりで、他大学の学生と付き合ったことで視野も行動範囲も広がり、自分の大学の中に閉じているより、はるかに成長できたと思っています。

もう一つ、大学3年の頃から古本の転売を始めました。学費、教科書代、定期代、就活のスーツ代、share projectに通う交通費。この全部を自分で払い、アルバイトはしませんでした。世の中の定義で言えば、私は卒業研究すらやらせてもらえなかった落ちこぼれです。実態の社会で評価すれば、早い段階で経済的に自立した若者とも定義できます。どちらの定義が残るかは、大学を出た後の時間が決めます。

証券会社に就職したくて、最終面接まで行って落とされました。そこで就職への未練が消え、転売がうまくいっていたので、こちらの世界でやっていこうと決めて、師匠を見つけて弟子入りしました。収入は月50万円の規模まで上がり、当時の新卒としてはトップクラスで、一人で生活する分には不自由のない水準でした。住んでいたのは親が買った家で、親は別の場所に住んでいたので、実質的に家賃のない一人暮らしです。その生活を40歳まで続けて、東京を満喫し尽くして、いまは関東に未練がなくなり、ここを出ようとしています。

この話を書くのは、自慢のためではなく、「研究室に所属しない」という選択肢が実在することを示すためです。あなたの大学で卒業研究が必修なら、所属しないという選択はできません。その場合は、必修科目として最低限の条件を満たすことに絞り、残りの時間を研究室の外に振り分ける。これが回避行動の一つ目です。

専攻にしがみついた人と、飛ばされた人の、その後

私と同じ世代で、専攻にしがみついた人たちは、就職先の業績が悪化して部署が閉鎖されたり、他部署に配置転換されたりして、就職時には勝ち組ともてはやされていたのに、いまはしんどそうです。

一方で、就職後に静岡の僻地に飛ばされて寮に入れられた知人のほうが、自活する力が上がり、どんな場所でもやっていける力を手に入れています。就活をしていた当時の私にとって、僻地の工場に飛ばされるのは本当に嫌なことで、そんな生活はごめんだと思っていました。いま思うのは逆で、転勤族と呼ばれる人たちのほうが、いろいろな土地で暮らすことで生きる力が身につき、普通に生きていたら経験できない生活を、会社の負担や補助を受けながら経験できる。豊かな人生を送れるのは、実はそちらのほうです。

関東に縛られ、定年まで人口密度が高く、家賃も物件価格も物価も高い場所で、しんどいけれどここで生活しないと成り立たない、という人生を強いられ続ける。私はそれを想像するとぞっとします。あなたが放置系研究室でいま感じている短期的なしんどさは、そういう旧世界への違和感や不適合のシグナルであって、もっと広い視野で世界に向き合えるチャンスだと捉えることもできます。

私は就職しないという道を選び、後悔はありません。研究職に就いている人を尊敬していますし、その道を否定する気もありません。ただ、そういう人たちも出世すれば判子を押すだけの生活になり、金はいいが仕事がつまらないという悩みを抱えていることを知っているので、それが一概に正解だとも思えません。家族がいると、違和感を感じながらも損切りができない。いまのあなたには、そのしがらみがありません。

四つの仕組みを自分で作り直す

研究室を必修科目に格下げしたら、次は、放置環境で日々を回す仕組みの話です。研究室が渡してくれない四つを、私が20年で実際にどう実装したかを、そのまま研究室に置き換えて書きます。回避行動の二つ目は、この四つを組むことです。

時間の枠:終わりを先に決める

私は、仕事の始まりではなく終わりを自分で決めています。集中力が落ちたらそこで終わり、回復したら再開。これは一見だらしなく見えますが、放置環境で20年もった理由の一つです。

研究室に置き換えると、「今日は何時まで研究室にいる」を朝に決めてから向かう。何をやるかより先に、いつ帰るかを決める。コアタイムがない研究室で崩れるのは、始まりではなく終わりです。終わりがない作業は、始めた瞬間から無限に見えるので、始めるコストが跳ね上がります。終わりを先に置くと、その日の作業が有限になり、始められます。

場所の切替:研究室に行く価値は、それだけで十分ある

私は一人暮らしなのに2LDK以上の部屋を選び、仕事の部屋と寝室を分けています。通勤がない代わりに、間取りで場所の切替を作っている。これがないと、家の中のどこにいても「仕事中なのか休んでいるのか」が曖昧になり、両方の質が落ちます。

放置系研究室には、この機能がまだ残っています。研究室という部屋がある。誰も来いと言わないので行く理由がなさそうに見えますが、行く理由は「行けば作業モードに切り替わる」という、それだけで足ります。教授に会うためでも、指導を受けるためでもない。場所を切り替えるための装置として研究室を使う。私は月に十数万円払って間取りでそれを作っていますが、あなたは無料で使えます。

進捗の外部確認:数字を前月と比べる

誰も進捗を見てくれないので、私は自分の数字を前月と比べています。メルマガの登録数と売上。伸び悩んでいれば、何かがズレている可能性を疑う。人間の目の代わりに、数字の前月比を置いている。

研究に置き換えると、「先月読んだ論文の本数」「先月書いた文章の文字数」「先月動かした実験の回数」のどれかを、一つだけ記録する。全部やらなくていい。一つの数字を前月と比べるだけで、「進んでいるのか止まっているのか」が、教授に聞かなくても分かります。放置系研究室で怖いのは遅れることではなく、遅れているかどうかが分からないことです。数字を一つ置くと、分からない状態がなくなります。

所属の確認:評価者を一人増やす

四つ目が一番重要で、ここが「何も身につかない」の答えになります。

放置系研究室の構造的な欠陥は、評価者が教授一人しかいないことです。あなたの研究、あなたの判断、あなたの時間に対して、価値があるかどうかを決める人間が一人しかいない。その一人が何も言わないとき、あなたの価値は定義されないままになります。これは会社員が「買い手が一社しかいない」状態と同じ構造で、転職しても買い手が別の一社に変わるだけで構造は変わりません。研究室を変えても同じです。

解決策は、研究室の外に、あなたの判断にお金を払う相手を一つ作ることです。金額はどうでもいい。「自分の判断で何かを動かし、それに対価を払う人間がいる」という事実が一つあるだけで、評価者が一人から二人になり、一人の沈黙があなたの価値を決める構造が壊れます。

そして、金がない学生ほど、これをやる余地があります。理由を次に書きます。

金がないなら、研究室と寮に落ちているものを直す

回避行動の三つ目は、評価者を実際に一人増やす手段です。私が大学3年で始めたのは古本でしたが、いま放置系研究室にいる人には、もっと近くに材料があります。

私の友人に、期間工をしていた人間がいます。期間工には寮があり、寮では人が入れ替わるたびに家電が捨てられます。彼はそれを拾っては売り、月に数千円のレベルでしたが、それを1年半続けました。これは私の実測ではなく友人の話なので、金額はその前提で読んでください。

ここで見るべきは金額ではなく、三つの条件です。仕入れ値がゼロであること。供給が継続的であること(人が入れ替わる限り捨てられ続ける)。そして、若いときの数千円は、体感として大きいこと。私は20年中古品を扱ってきましたが、最初に自分の判断で物を売って現金が入ったときの体感は、その後のどの月の売上より大きかった。金額の小ささは、若いときは欠点ではなく、むしろ最初の一回の重さになります。

放置系研究室と寮には、同じ構造があります。研究室は数年ごとにパソコンやモニターが更新され、古いものは廃棄されます。寮では卒業や退去のたびにゲーム機、家電、周辺機器が捨てられます。放置系研究室の学生は、時間があり、金がなく、そして捨てられる物のすぐ近くにいる。修理して売る側から見ると、これは条件が揃いすぎている環境です。

一つだけ、先に線を引いておきます。研究室の備品は大学の資産で、あなたの物ではありません。廃棄の手続きが済んで、処分が確定したものを、担当者に確認してから引き取る。これを飛ばして「どうせ捨てるから」で持ち出すと、金の問題ではなく、あなたの立場の問題になります。寮の共用ゴミ置き場のものも、寮の規則で扱いが決まっている場合があります。確認は一回で済みますが、確認しなかった場合の損失は一回では済みません。

その上で、1件の計算式はこうなります。売価から、部品代、販売手数料(販路によって率が異なります)、送料、そして自分の作業時間を引く。仕入れ値がゼロなので、部品代と作業時間が実質のコストです。動かないノートパソコンの原因がストレージであれば部品交換で戻ることが多く、ゲーム機はコントローラーやドライブの不良で捨てられているものが一定数あります。どこを見ればいいかは、スマホを例にスマホの修理転売で分解しているので、構造はそちらを参照してください。ここで言いたいのは修理の手順ではなく、「あなたの判断で直し、あなた以外の人間が金を払う」という経験が、教授とは無関係に手に入る、ということです。

これが「放置系研究室で身につくもの」の実体です。研究室がくれるのではなく、放置されている時間を使って、自分で作った第二の評価者だけが残ります。

向いているかどうかは、性格ではなく一点で決まる

旧版には「向いている人・向いていない人チェックリスト」がありました。主体性がある、自己管理ができる、独立志向、といった項目です。消しました。性格の項目を並べても、判定できないからです。

放置環境で20年やった側から言うと、判定に使える変数は一つです。枠を自分で作れるか。時間の終わりを自分で決め、場所を切り替え、数字を一つ置き、評価者を一人増やす。この四つを自分で組む気があるか、ないか。主体性という言葉は、この四つを組んだ結果に後から付くラベルであって、事前に持っているかどうかを測れるものではありません。

そして、組む気がない人は、放置系研究室に向いていないのではなく、今はまだ渡してもらう側にいるというだけです。それは悪いことではない。指導が手厚い研究室に移れるなら移ればいいし、移れないなら、四つのうち一つだけから始めればいい。私は最初から四つ全部を持っていたわけではなく、動けなくなった2年のあとに順番に組みました。

まだ選べる人へ:質問は一つでいい

これから研究室を選ぶ段階の人には、旧版のような質問チェックリストは要りません。研究室訪問で聞くべきことは一つです。「コアタイムはありますか」。

ないと答えられたら、それは放置系です。そのとき「じゃあやめよう」と考えるか、「じゃあ四つを自分で組もう」と考えるかは、あなたが決めることです。どちらが正しいということはありません。ただ、後者を選ぶなら、選んだ時点で「何も身につかない」という不満を持つ権利は手放すことになります。研究室が何もくれないことを、分かった上で選ぶわけですから。

まとめ:何をすればいいか

放置系研究室では何も身につかない。それは正しい。研究室があなたに渡すものはなく、身につくのは自分で組んだ分だけです。やることは三つに絞れます。

一つ目、研究室を「卒業条件の必修科目」に格下げする。研究とキャリアを結びつける前提を外し、最低限の条件を満たすことに絞って、残りの時間を研究室の外に振り分ける。専攻にしがみつくのは、買い手を一業界に固定する行為です。

二つ目、放置環境で日々を回す四つの仕組みを自分で組む。終わりの時刻を先に決める、研究室を場所の切替装置として使う、数字を一つ置いて前月と比べる、評価者を一人増やす。

三つ目、評価者を増やす手段として、研究室と寮で捨てられるものを、手続きを確認した上で直して売る。金額は小さい。それでも、教授以外の人間があなたの判断に金を払ったという事実は、研究室を出た後も残ります。

鬱っぽくなるのは、評価者が一人しかいないのに、その一人が何も言わないからで、あなたの価値の問題ではなく入力の欠損です。動けないほど落ちているなら、大学の窓口を使ってください。三つの行動は、動ける状態に戻ってからで構いません。

私は20年、この構造で働いてきました。誰にも指導されず、誰にも報告せず、それでも仕事が続いているのは、能力ではなく、自分の判断に金を払う相手を会社以外に持っているからです。いまのあなたには家族も部署もローンもなく、自分の幸福と未来のために全振りできる立ち位置にいます。私の目には、それは最高の立ち位置に見えます。放置系研究室は、その構造を、私より20年早く練習できる場所です。

自宅で一人で働く環境を、間取りや道具のレベルでどう作り込んだかはテレワークで頭がおかしくなる前にに書いています。研究室を出た後に、同じ構造で働くことになった人のために。

 

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