ポートフォリオに載せる作品がない。学習サイトは一通り終えたのに、手元には架空のカフェサイトしかない。
ここで多くの人が「もっと作品を作ろう」と考えますが、その方向では出口に着きません。架空作品は、作業量だけで用意できるからです。
先に申し上げておきます。私はWeb制作を受注した経験がありません。ここに書いているのは、私が物販で仕入れ先を開拓したときに使った判断の型を、Web制作に当てはめたものです。法律と統計の部分は、公開されている原文と公的機関の発表に基づいています。
1. 結論:載せる作品は、作らずに受注します
1-1. 止まっているのは作品ではなく、実績ループです
未経験者が直面している構造は、こうなっています。
| 順番 | 起きること |
|---|---|
| 1 | 仕事を取るために実績が要る |
| 2 | 実績を作るには仕事を取らなければならない |
| 3 | 1に戻る |
このループの中で「架空サイトを3つ作りましょう」と言われても、ループの外には出られません。架空サイトは、1にも2にも触れていないからです。
抜ける方法は一つです。採用されて実績を作るのではなく、最初の数件だけ自分で発注元を見つけてくる。この記事はその手順と、その取引を成立させるための条件を書きます。
1-2. 判定式:他人がそれを用意するのに、何を払う必要がありますか
当サイトでは、副業や事業の成立を「参入障壁が何でできているか」で判定しています。障壁には種類があり、誰でも払えるものと、そうでないものがあります。
| 障壁になっているもの | 払える人 | 後から人が入ってくるか |
|---|---|---|
| 作業量 | 全員 | 入り続けます |
| 資金 | 持っている人だけ | 入りにくい |
| 技能 | 身につけた人だけ | いちばん入りにくい |
| 設備・許認可 | 用意した人だけ | 入りにくい |
| 関係・信用 | 時間をかけた人だけ | 入りにくい |
この表をポートフォリオに当てはめます。
| 掲載するもの | 用意するのに必要な障壁 | 他人にも用意できるか |
|---|---|---|
| 架空サイト | 作業量だけ | できます |
| 模写・トレース | 作業量だけ | できます |
| スクールの課題 | 作業量と受講料 | できます |
| 実際の依頼を受けて公開まで完了したサイト | 関係・信用と、完遂の記録 | 時間をかけないとできません |
1-3. だから「もっと作る」では差がつきません
作業量だけが障壁になっているものは、後から人が入り続けます。あなたが3作品作れば、他の人も3作品作ります。5作品にすれば、他の人も5作品にします。
これは物販でも同じことが起きます。誰でも仕入れられる商品を頻度と量で差別化しようとすると、実践者が増えるほど成立しなくなります。すぐ始められるものは、地味に儲かりませんに書いたとおりです。
ポートフォリオも同じ構造です。誰でも用意できるものを並べても、選ぶ側の判断材料になりません。
1-4. この記事の流れ
| 章 | 内容 |
|---|---|
| 2章 | 公開できる実務実績が、なぜ希少なのか |
| 3章 | 発注する人がいる場所へ、直接行く |
| 4章 | 値引きの対価として、公開権を受け取る |
| 5章 | その約束を口約束にしないための法律 |
| 6〜8章 | 何件そろえるか、価格をどう上げるか、出口はどこか |
| 9章 | この方法が向かない人と、受けていい案件の判定 |
2. 公開できる実務実績は、経験の有無とは別の軸で希少です
2-1. 未経験者は実績がなく、経験者は公開できません
ポートフォリオが続かない、あるいは途中で挫折する理由は、多くの場合「作れない」ことではありません。
| 立場 | 抱えている問題 |
|---|---|
| 未経験者 | 実務の実績がない |
| 会社で働いている人 | 実績はあるが、守秘義務で公開できない |
| 制作会社にいた人 | チームで作ったため、自分の担当範囲を切り出しにくい |
会社の案件は、クライアントとの契約で公開が制限されていることがあります。そうすると、実務経験があるのに載せられるものが自主制作しかない、という状態が起きます。見る側からすると、未経験者と見分けがつきません。
つまり「公開できる実務実績」は、実務経験がある人でも持っているとは限らないということです。これが希少性の正体です。
2-2. 3種類の掲載物が、それぞれ何を証明するか
掲載物は、見る側に対して別々のことを証明します。
| 掲載物 | 証明できること | 証明できないこと |
|---|---|---|
| 架空サイト | デザインとコーディングの技術 | 他人の要求を聞けるか、納期を守るか、公開まで持っていけるか |
| 模写・改善提案 | 観察力と言語化 | 同上 |
| 実際に公開された納品物 | 技術に加えて、要件を聞き、修正に対応し、公開環境まで構築し、納期内に引き渡したこと | チームでの立ち回り、大規模案件の経験 |
架空サイトには、仕様変更がありません。素材の到着が遅れることもありません。修正依頼も来ません。理想環境で作られたものだ、ということが見る側にも分かります。
2-3. 採用する側が確かめたいのは、技術だけではありません
私は物販で人を雇ったことがあります。撮影と出品の反復を任せるためでしたが、そのとき怖かったのは技術が足りないことではありませんでした。作業は入ってから覚えます。怖かったのは、途中で来なくなること、連絡が取れなくなること、指摘したときに固まってしまうことです。職種が違っても、未経験者を採るときに残る不安の中心はここだと考えています。
| 採用側が抱えるリスク | 架空サイトで潰せるか | 実案件の実績で潰せるか |
|---|---|---|
| 技術が足りない | ある程度潰せます | 潰せます |
| 途中で投げ出す | 潰せません | 潰せます |
| 他人の要求を聞けない | 潰せません | 潰せます |
| 納期の感覚がない | 潰せません | 潰せます |
| 修正のやりとりで折れる | 潰せません | 潰せます |
2-4. だから「実績公開OK」は、取りに行かないと手に入りません
公開できる実務実績が希少なのは、多くの取引で公開が制限されるからです。逆に言えば、公開を最初から条件に組み込んだ取引だけが、この希少な枠に入ります。
そしてそれは、後から頼んでも通りません。納品が終わってから「実績として載せていいですか」と聞くと、相手には断る理由しかありません。載せられて得をするのはあなただけだからです。
だから公開権は、値引きの対価として最初に交換します。これが4章の内容です。
3. バイパスを作る:発注する人がいる場所へ直接行きます
3-1. 公募市場では、比較軸が価格と職歴に固定されます
未経験者が最初に行く場所は、だいたい決まっています。求人サイトと、クラウドソーシングです。どちらも公開の募集で、そこには構造上の性質があります。
| 公募(求人・クラウドソーシング) | バイパス(発注者と直接) | |
|---|---|---|
| 1件に対する応募者 | 複数。多いときは数十以上 | 基本的に自分だけ |
| 比較のされ方 | 他の応募者と並べて比較される | やるかやらないかの二択 |
| 比較軸 | 価格と、過去の実績・職歴 | 相手が困っていることを解けるか |
| 未経験者の位置 | 比較軸の両方で最下位 | 比較対象がいない |
| 信頼のコスト | 身元不明の相手として審査される | 同じ場に属している分だけ低い |
公募で未経験者が勝とうとすると、価格を下げるしかなくなります。そして価格を下げても、実績の欄が空のままなら選ばれません。両方の軸で最下位にいる場所で戦っている、というのが実際の状況です。
3-2. 探す場所は、同業者がいる場所ではありません
ここが一番間違えやすいところです。Web制作を学んでいる人は、Web制作をしている人が集まる場所に行きます。勉強会、デザイナーのコミュニティ、技術系のイベント。
そこにいるのは同業者です。同業者は発注しません。
| 行く先 | そこにいる人 | あなたにとっての役割 |
|---|---|---|
| デザイナーの勉強会 | 同業者 | 競合。情報交換にはなる |
| 制作会社のイベント | 同業者と採用側 | 採用の入口にはなるが実績は増えない |
| 起業家・個人事業主のコミュニティ | 発注する側 | 見込み客 |
| 地域の経営者の集まり・商工会 | 発注する側 | 見込み客 |
| 業種別のコミュニティ(飲食、士業など) | 発注する側 | 見込み客 |
原則は一行です。仕事を探す場所ではなく、その仕事を発注する人がいる場所に行く。
3-3. コミュニティは人脈の場ではなく、見込み客の名簿です
起業家や個人事業主が集まるオンラインコミュニティには、サイトを作ってほしい人が一定数います。理由は単純で、その人たちは事業を始めたばかりだからです。
| その人が抱えている状態 | だから何が起きるか |
|---|---|
| 制作会社に頼む予算がない | 相見積もりを取って断念している |
| 見ず知らずの外注に頼むのは不安 | クラウドソーシングでも止まっている |
| 自分で作ろうとして時間を失っている | 本業が進まない |
| 同じコミュニティの人なら素性が分かる | 頼む相手を探している |
コミュニティの参加費は、人脈を作るための費用ではありません。発注する可能性のある人が一覧になっている場所への、利用料です。
この見方をすると、参加の仕方も変わります。仲良くなることが目的ではないので、告知や雑談の中に「サイトのことで困っている」という発言があるかどうかだけを見ることになります。
3-4. 判定期間を決めて、合わなければ抜けます
私が想定しているのは、月額の参加費が数千円までのコミュニティを2〜3個、同時に2〜3か月試すという形です。金額の水準は、次の条件から出しています。
| 条件 | 理由 |
|---|---|
| 1つあたりの月額が、外れても痛くない範囲であること | 抜ける判断を、金額が邪魔しないため |
| 同時に複数入ること | 1つだけだと、当たり外れの判断が遅れるため |
| 期間を先に決めること | 「もう少し様子を見る」で居続けるのを防ぐため |
判定するのは次の3点です。
| 見るところ | 抜けたほうがよい状態 |
|---|---|
| 参加者の熱量 | 発言がほとんどない。運営からの告知だけが流れている |
| 参加者の層 | 事業をしている人ではなく、勉強している人が中心 |
| 困りごとが表に出るか | 相談や質問が投稿されない。表で困りごとを言えない空気がある |
3-5. これは確率を上げる操作ではなく、1回あたりのコストを固定する操作です
誤解のないように書いておきます。何回か試せば必ず受注できる、という話ではありません。それは保証できません。
この設計の意味は別のところにあります。1回の試行にかかる金額と期間を、最初から決めてしまうことです。
| 期間と金額を決めない場合 | 決めた場合 | |
|---|---|---|
| 合わなかったとき | もう少し様子を見る、が続く | 期限が来たら抜ける |
| 失うもの | 時間と参加費が上限なく増える | 決めた金額と期間だけ |
| 次に行けるか | 資金と気力が残らない | 残る |
物販でも同じ考え方をしています。私は損切りのルールを決めていて、一定期間売れなければ赤字でも現金化します。これは判断が上手いからではなく、判断できない状態で持ち続けるほうが高くつくからです。
4. 値引きの対価は、現金ではなく公開権です
4-1. 「安く受ける」と「実績を買う」は別の行為です
格安で受けることそのものには、価値がありません。値下げは誰でもできて、下げた分だけ手取りが減るだけです。3-1で書いた「価格でしか勝負できない場所」に自分から入ることになります。
ここで提案しているのは値下げではなく、交換です。
| 単なる値下げ | 公開権との交換 | |
|---|---|---|
| あなたが渡すもの | 制作物 | 制作物と、値引き分 |
| あなたが受け取るもの | 現金だけ | 現金と、公開する権利 |
| 相手のリスク | 特になし | 特になし(制作物は同じ) |
| 1年後に残るもの | 何も残らない | ポートフォリオの1枠 |
提示の仕方も、値下げではなく交換の形にします。「安くします」ではなく、「通常であればこの金額ですが、制作したサイトを私の実績として公開させていただける場合は、この金額でお受けします」という順序です。
4-2. 1件から回収するものの一覧
1件の案件から持ち帰れるものは、公開権だけではありません。ここを取りこぼすと、同じ労力から取れる量が減ります。
| 回収するもの | いつ確保するか | 使いみち |
|---|---|---|
| 公開されたサイトのURL | 契約時に公開可否を合意 | ポートフォリオの中心 |
| クライアント名を出してよいか | 契約時。名前は伏せる合意でもよい | 業種だけでも説得力が変わる |
| 担当した範囲 | 着手前に書き出す | 「どこまで自分がやったか」の説明 |
| 相手が抱えていた課題 | ヒアリング時にメモ | 「なぜその設計にしたか」の根拠 |
| 制作期間と工数 | 作業中に記録 | 納期感覚の証明 |
| 公開後の数字 | 納品後に確認の許可を得ておく | 成果として書ける唯一の材料 |
| 感想や推薦の言葉 | 納品直後に依頼 | 第三者の評価 |
このうち、後から取り返せないものが2つあります。公開の可否と、制作前の課題です。納品が終わってからでは、前者は断られ、後者は思い出せません。
4-3. 公開権が取れないなら、その案件は受けません
ここが判定の分かれ目です。値引きして受けたのに公開できないなら、それは単なる安売りです。
| 相手の返答 | どうするか |
|---|---|
| 公開してよい | 受ける。書面に残す |
| 社名は伏せてほしいが、サイトは見せてよい | 受ける。条件を書面に残す |
| 公開はできないが、この金額でやってほしい | 通常価格を提示する。値引きの理由がなくなるため |
| 公開の話をはぐらかす | 着手前に確定させる。曖昧なまま作らない |
4-4. 金額の決め方
金額そのものに正解はありません。地域、案件の規模、あなたが使える時間で変わります。決め方の基準だけ書きます。
| 基準 | 内容 |
|---|---|
| 相手が即決できる金額であること | 検討や相談が要る金額にすると、比較が始まる。比較が始まると3-1の土俵に戻る |
| あなたが最後までやり切れる分量であること | 安く受けて途中で投げ出すと、実績ではなく事故になる |
| 公開権と釣り合う値引き幅であること | 値引き幅が小さすぎると交換に見えず、大きすぎると次の案件の価格を自分で壊す |
参考として、私が想定しているのは5万円という水準です。これは市場価格ではなく、上の3条件を同時に満たしやすい金額として置いています。相手にとっては相談なしで決められ、あなたにとっては1件を最後まで抱えられる分量に収まりやすい、という理由です。
この金額で利益が出るかどうかは、この段階では判断材料になりません。理由は7章に書きます。
5. その約束を、口約束にしないための法律
5-1. フリーランス法は2024年11月1日に施行されました
正式には「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(令和5年法律第25号)といいます。公正取引委員会は「令和6年11月1日に施行されました」と案内しています。
第1条は目的をこう書いています。個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため、特定受託事業者に業務委託をする事業者について義務を定める、という趣旨です。
副業でサイトを1本受注するとき、あなたはこの法律の「特定受託事業者」に当たります。知らずに取引をしている人が多い法律なので、順に確認します。
5-2. あなたは「特定受託事業者」です
第2条1項は、特定受託事業者を次のように定義しています。
| 号 | 定義(第2条1項) |
|---|---|
| 一 | 個人であって、従業員を使用しないもの |
| 二 | 法人であって、一の代表者以外に他の役員がなく、かつ、従業員を使用しないもの |
会社員が副業で1人で受注する場合、一号に当たります。開業届の有無や、屋号の有無は条文に出てきません。
また第2条3項は「業務委託」を、事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造又は情報成果物の作成を委託すること等と定めています。同条4項は「情報成果物」にプログラムを挙げています。Webサイトの制作は、ここに入ります。
5-3. 発注する側は2種類に分かれ、義務の範囲が違います
ここが本記事で一番お伝えしたい部分です。第2条は、発注側を2つに分けています。
| 呼び名 | 定義 | 条文 |
|---|---|---|
| 業務委託事業者 | 特定受託事業者に業務委託をする事業者(全員) | 第2条5項 |
| 特定業務委託事業者 | ①個人であって、従業員を使用するもの ②法人であって、二以上の役員があり、又は従業員を使用するもの | 第2条6項 |
そして、どちらに当たるかで課される義務が変わります。
| 条文 | 内容 | 義務を負うのは |
|---|---|---|
| 第3条 | 給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項を、書面または電磁的方法で明示する | 業務委託事業者(全員) |
| 第4条 | 報酬の支払期日を、給付を受領した日から起算して60日以内に定める | 特定業務委託事業者のみ |
| 第5条1項 | 受領拒否、報酬の減額、返品、買いたたき、購入・利用の強制の禁止 | 特定業務委託事業者のみ、かつ政令で定める期間以上の業務委託に限る |
| 第5条2項 | 経済上の利益の提供要請、給付内容の変更・やり直しによる不当な不利益の禁止 | 特定業務委託事業者のみ |
5-4. 従業員のいない個人が相手だと、守られるのは3条だけです
3章で書いたバイパスの相手は、起業家や個人事業主です。その多くは、まだ従業員を使っていません。
そうすると、第2条6項の「特定業務委託事業者」に当たらないことになります。公正取引委員会のQ&Aは、この場合について「『従業員を使用』していない発注事業者であっても『業務委託事業者』として3条通知による明示を行う必要があります」と説明しています。
裏返すと、次のようになります。
| あなたを守るもの | 相手が従業員なしの個人 | 相手が従業員のいる個人・法人 |
|---|---|---|
| 取引条件の明示(3条) | 効く | 効く |
| 60日以内の支払期日(4条) | 効かない | 効く |
| 受領拒否・減額・返品の禁止(5条1項) | 効かない | 継続的な委託なら効く |
| 買いたたきの禁止(5条1項四号) | 効かない | 継続的な委託なら効く |
| やり直しの強制の禁止(5条2項) | 効かない | 効く |
つまり「安く受けたら際限なく修正を求められた」「納品したのに支払いが来ない」という場面で、法律に守ってもらえるとは限りません。この方法の唯一の構造的な弱点がここです。
それでも、この方法をやめる理由にはならないと考えています。第3条は相手が誰であっても効くからです。次に書きます。
5-5. 3条の明示に、公開の可否を書き込ませます
第3条は、業務委託をした場合に「直ちに」、給付の内容・報酬の額・支払期日その他の事項を、書面または電磁的方法で明示することを義務づけています。相手が従業員を使っていなくても、この義務は課されます。
つまり「条件を書面(またはメール等)でください」と言うことは、こちらのお願いではなく、相手の法律上の義務です。言い出しにくいことではありません。
そして、この明示のやりとりに、4章で決めた公開の条件を載せます。公開の可否は法定の明示事項ではないので、放っておくと書かれません。自分から入れる必要があります。
| 書面に入れる項目 | 入れないと起きること |
|---|---|
| 制作物を制作者の実績として公開してよいこと | 納品後に断られる |
| 公開の範囲(URL、画面、社名や業種の扱い) | どこまで見せてよいか揉める |
| 担当した範囲 | 「全部やった」と書けなくなる |
| 報酬の額と支払期日 | 4条が効かない相手だと、いつ払われるか決まらない |
| 修正対応の回数または期間 | 5条が効かない相手だと、やり直しが無制限になる |
下の2つは、法律が効かない相手だからこそ、契約で埋めておく項目です。
5-6. 相談は5,018件、指導まで至ったのは54件でした
「揉めたら公的機関に相談すればいい」と考える方がいると思うので、実際の運用の規模を確認しておきます。公正取引委員会が令和7年5月15日に公表した、令和6年度の運用状況です。
| 項目 | 件数 |
|---|---|
| フリーランス法関連の相談 | 5,018件 |
| 違反する事実があるとしてされた申出 | 92件 |
| 新規に着手した違反被疑事件 | 137件 |
| 処理した違反被疑事件 | 96件 |
| 違反行為または違反のおそれがあると認めて指導した件数 | 54件 |
この数字は令和6年度(2024年4月から2025年3月まで)のもので、法律の施行は同年11月1日です。したがって、施行後およそ5か月分を含む集計になります。
読み取れることは一つです。相談は数千件の規模で発生していますが、行政の指導まで進むのは一部です。制度があることと、自分の1件が救済されることは別の話です。だから入口で決めておく、という結論になります。
5-7. 著作権を譲渡しても、公開できるとは限りません
もう一つ、実績公開でつまずきやすい点があります。著作権と公開の可否は、別の話だということです。
著作権法第61条1項は、著作権の全部または一部を譲渡できると定めています。制作物の著作権をクライアントに譲渡した場合、その制作物を複製する権利は相手に移ります。ポートフォリオに画面を載せる行為は複製を伴うので、譲渡していれば相手の許諾が要ります。
同条2項には、知っておくと得をする規定があります。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 著作権法61条2項 | 著作権を譲渡する契約において、第27条(翻案権等)または第28条(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は譲渡した者に留保されたものと推定する |
| 著作権法59条 | 著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない |
| 著作権法19条1項 | 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する |
ただし実務では、著作者人格権を行使しないという特約が契約書に入っていることがあります。そうなると19条の氏名表示権も使えません。
結局のところ、こうなります。実績として公開できるかどうかは、著作権が誰にあるかで自動的には決まりません。契約でそう書いたかどうかで決まります。だから4章の交換を、5-5の書面に落とし込む必要があります。
6. 何件そろえるかは、応募先が決めます
6-1. 件数が意味を持つのは、複数社を捌いた証明になるからです
実際に公開されているサイトが10本並んでいると、見る側は次のように読みます。
| 10本から読み取れること |
|---|
| 少なくとも10回、他人の要求を聞いた |
| 少なくとも10回、修正のやりとりに耐えた |
| 少なくとも10回、公開まで持っていった |
| 10社を並行または連続で捌く段取りができた |
ここで効いているのは技術ではなく、回数です。そしてこの回数は、会社の業務では短期間に積みにくいものです。会社に入れば案件は割り当てられますが、1件が大きく、担当は分割され、公開できるとも限りません。
未経験の副業という立場は、この点だけを見れば有利です。小さい案件を、自分ひとりで、最初から最後まで、公開前提で受けられるからです。
6-2. ただし目標は件数ではありません
10という数字を目標に置くと、揃った時点で満足して止まるか、揃わないうちに疲れます。目標に置くべきは件数ではなく、応募先が潰したいリスクを潰せているかどうかです。
| 応募先 | 見たいもの | そろえるべき実績 |
|---|---|---|
| コーポレートサイト中心の制作会社 | 企業サイトの構成と、担当者とのやりとり | 企業サイト。業種は分かれていたほうがよい |
| 広告・LP中心の会社 | 目的が明確な1枚もの | LP。可能なら公開後の数字も |
| WordPress案件が多い会社 | 構築と更新運用 | WordPressで構築し、更新方法を引き渡した案件 |
| EC寄りの会社 | カート周りと商品運用 | ECサイト。小規模でも可 |
| 事業会社のインハウス | 1人で回せるか、運用まで見られるか | 納品後も保守・更新を続けている案件 |
先に応募先の種類を決めてから、必要な実績を取りに行く順番になります。逆にすると、揃えたものが使えません。
6-3. 揃える種類の目安
| 枠 | 役割 |
|---|---|
| 1本目 | 完遂できることの証明。種類は問わない |
| 2〜3本目 | 1本目が偶然でないことの証明 |
| 4本目以降 | 応募先の業務に近い種類を狙って埋める |
| 常設 | 納品後も運用が続いている案件を1本は持つ |
7. 価格は、実績で上げます
7-1. 卸の掛率と、同じ構造です
私は2015年に卸を開拓したことがあります。テレアポとメールで1週間ほどのうちに100社以上と接触し、契約しました。そのとき分かったのは、掛率が取引実績に連動するということです。初回の条件は、どの業者でもほぼ一番悪いところから始まります。
このとき、1回の取引の利益だけを見て判断すると、必ず「卸は思ったより安くない」で終わります。実際、私の検証の一次的な結論はそれでした。しかしこれは価格が高いのではなく、まだ自分がその価格帯にいないというだけです。
Web制作の単価も、同じ形をしています。
| 卸の掛率 | 制作の単価 | |
|---|---|---|
| 初回の条件 | 一番悪いところから | 実績がないので低いところから |
| 何で動くか | 取引実績 | 公開できる納品実績 |
| 1回で判断すると | 「割に合わない」で終わる | 「5万円では無理」で終わる |
| 投資として見ると | 初期の赤字は仕入れ条件への投資 | 初期の値引きは単価への投資 |
7-2. 「利益 ÷ 拘束日数」で見ると、最初の数件は負けます
当サイトでは、事業を利益額ではなく「利益 ÷ 拘束日数」で見ています。この式に最初の1件を入れると、はっきり負けます。
| 1件目 | 実績が揃った後 | |
|---|---|---|
| 分子(利益) | 値引きしているので小さい | 単価が上がる |
| 分母(拘束日数) | 不慣れなので長い | 短くなる |
| 結果 | 時給換算で最低水準 | 改善する |
ここで多くの人が降ります。時給を計算して、割に合わないと判断するからです。
この判断は、1件を単体で見る限り正しいです。間違っているのは計算ではなく、対象です。1件目で買っているのは利益ではなく、2件目以降の価格を上げるための材料だからです。
7-3. 実績は在庫と違って、減りません
物販では、仕入れた在庫は売れば手元から消えます。同じ商品を2回売ることはできません。
実績はそうではありません。
| 在庫 | 公開できる実績 | |
|---|---|---|
| 1回使うと | なくなる | 残る |
| 使える回数 | 1回 | 応募のたび、提案のたび |
| 保管費用 | かかる | かからない |
| 時間が経つと | 相場が下がることがある | 古くなるが、件数は減らない |
だから1件目の値引き分は、その1件で回収する必要がありません。転職の応募でも、次の営業でも、同じ1本を何度でも出せます。
7-4. 上げる順番
具体的な金額は案件によりますが、上げる根拠は次の順で増えていきます。
| 段階 | 提示できる根拠 |
|---|---|
| 実績0本 | ありません。だから公開権と交換します |
| 1〜2本 | 完遂した実物を見せられます |
| 3〜5本 | 同業種の事例を出せます。制作期間の見込みも言えます |
| それ以降 | 公開後の数字や、継続している運用を出せます |
値上げは、こちらの都合ではなく、相手が確認できる材料が増えたことに対して行います。
8. 出口は2つあります
8-1. 転職ルート
実績を職務経歴書とポートフォリオに載せて、応募します。このとき書けるのは作品名ではなく、担当範囲と、それが公開されている事実です。
| 書ける内容 | 効く理由 |
|---|---|
| 実際に稼働しているサイトのURL | 見に行けるので、確認のコストがゼロ |
| ヒアリングから公開までを1人で担当したこと | 2-3の表のリスクをまとめて潰す |
| 複数の依頼者と取引したこと | 1件が偶然でないことの証明 |
| 納期と制作期間 | 見積もりができることの証明 |
8-2. フリーランスルート
社員にならず、そのまま続ける道もあります。制作は納品で終わりますが、サイトは公開後も動き続けるからです。
| 納品後に発生しうる仕事 | 性質 |
|---|---|
| 保守・更新 | 継続。月額になりやすい |
| ページの追加 | 不定期。単発 |
| デザインの改修 | 不定期。単発 |
| 別のサイトの依頼 | 同じ相手からのリピート |
| 同じコミュニティ内の紹介 | 新規だが、営業コストが低い |
ただし、継続的な業務委託になると、5章で見た第5条や、契約の中途解除の予告に関する規定が関わってきます。相手が特定業務委託事業者であるかどうかで扱いが変わるので、継続の話が出た時点で、条件は改めて書面にしておくほうが安全です。
8-3. どちらを選んでも、同じ実績が使えます
ここが、この方法のいちばん効率の良いところです。転職するかフリーランスで続けるかを、先に決める必要がありません。
| 用意したもの | 転職で使うか | フリーランスで使うか |
|---|---|---|
| 公開されている納品物 | 使う | 使う |
| 担当範囲の記録 | 使う | 使う |
| 依頼者との関係 | 直接は使わない | リピートと紹介の源 |
| 公開後の数字 | 使う | 使う |
実績を作ってから、どちらに進むかを決められます。逆に、先に進路を決めてから実績を作ろうとすると、決めるための材料がない状態で決めることになります。
9. この方法が向かない人と、受けていい案件の判定
9-1. 向かない人
公平のために、この方法の欠点を先に書きます。
| 欠点 | 内容 |
|---|---|
| 断られる回数が多い | コミュニティに入っても発注が出ないことがある。外れを引く前提の作業になる |
| 相手が法律で守ってくれる側とは限らない | 5-4のとおり、支払期日も修正回数も、契約で決めるしかない相手が多い |
| 納期が自分の都合で動かせない | 会社員の副業だと、平日夜と週末しか動かせない。1件の分量を見誤ると事故になる |
| 最初の数件は時給が最低水準になる | 7-2のとおり。ここで降りる人が多い |
| 手順を人に渡しにくい | コミュニティごとに空気が違うので、テンプレート化できない |
特に3つ目が重要です。安く受けたうえに納期を落とすと、実績どころか、公開してもらえないものが1本残ります。受ける件数より、1件を落とさないことが優先です。
9-2. 受けていい案件かどうかの、3つの質問
答えが事実で出る質問だけを並べます。
| 質問 | 確認方法 | 受けないほうがよい答え |
|---|---|---|
| ①この制作物を、自分の実績として公開してよいか | 着手前に相手へ確認し、書面に残す | 公開できない。または返答が曖昧なまま |
| ②報酬の額と支払期日が、書面か電磁的方法で示されているか | 第3条は相手の義務。求めてよい | 口頭のみ。「あとで」と言われる |
| ③自分が使える時間で、この分量を納期までに終えられるか | 作業を分解して、平日夜と週末の時間に割り付ける | 割り付けられない。または見積もれない |
①がノーなら、値引きの理由がありません。通常価格を提示して、断られるなら断られたままでかまいません。
②がノーなら、修正が無制限になる可能性と、支払いが来ない可能性の両方を、自分で抱えることになります。
③がノーなら、受けてはいけません。ここだけは相手の問題ではなく、あなたの問題です。
9-3. 判定の要約
| いまの状態 | 次にやること |
|---|---|
| 学習は終わったが、載せるものが架空作品しかない | 発注者がいる場所を2〜3か所決めて、期間を区切って試す(3章) |
| 依頼の話は来るが、公開できていない | 着手前の合意に、公開条件を入れる(4章・5-5) |
| 実績はあるが、勤務先の案件で公開できない | 公開前提の案件を、副業として1〜2本だけ作る(2-1) |
| 実績が数本たまった | 応募先の種類を先に決めて、足りない種類を埋める(6-2) |
| 安く受け続けて疲れている | 値上げの根拠が揃っているか確認する(7-4) |
10. よくある質問
10-1. 未経験なのに、お金をもらって作っていいのでしょうか
金額に見合う成果物を納め、できないことを事前に伝えているなら、問題ありません。むしろ危ないのは逆で、できることを大きく見せて受注することです。第5条2項が禁じている「やり直しの強制」のような保護は、相手が従業員のいない個人だと働きません。揉めたときに守ってくれるものが少ないので、最初に範囲を狭く伝えておくほうが安全です。
10-2. 架空作品は載せてはいけないのですか
載せてもかまいません。ただし架空作品が証明できるのは技術だけです(2-2の表)。実案件が1本もない状態で架空作品を増やしても、2-3の表にある採用側のリスクは1つも潰れません。優先順位の問題です。
10-3. クラウドソーシングで実績を作るのとは何が違いますか
クラウドソーシングは公募市場なので、3-1の表の性質をそのまま持っています。応募の時点で他の応募者と比較され、比較軸は価格と実績です。未経験者はその両方で不利な位置から始まります。
加えて、実績公開の可否がプラットフォームの規約や個別案件の条件に左右されます。使ってはいけないという話ではなく、公開権を取りに行く交渉ができるかどうかで判断してください。
10-4. スクールに通えば実績はもらえますか
スクールの課題は、用意するのに作業量と受講料しか要りません(1-2の表)。同じ講座を受けた人が、同じ課題を提出しています。実績として希少にはなりません。
10-5. コミュニティで営業したら嫌がられませんか
売り込みとして持ちかけると嫌がられます。3-3で書いたとおり、見るのは「サイトのことで困っている」という発言があるかどうかです。困っている人に対して解決策を出すのは営業ではありません。
困りごとが表に出てこないコミュニティは、3-4の基準では抜ける対象になります。
10-6. 副業の収入は確定申告が必要ですか
所得税法第121条1項1号は、給与等の金額が2,000万円以下で、1か所から給与を受けて年末調整を受けている人について、給与所得・退職所得以外の所得金額の合計が20万円以下であるときは確定申告書の提出を要しない、と定めています。裏返すと、20万円を超えれば申告が必要になります。
制作を数件受ければ、この線は簡単に超えます。所得区分(事業所得か雑所得か)と帳簿の関係は別記事の5章で扱っているので、そちらを参照してください。なお所得税の申告が不要な場合でも、住民税の取り扱いは別です。お住まいの自治体にご確認ください。
10-7. 会社が副業を禁止している場合はどうすればよいですか
就業規則の内容によります。本記事は、その判断を代われる立場にありません。禁止されている状態で受注すると、実績を作る前に本業を失う可能性があります。ここは確認してから進めてください。
10-8. 相手が支払ってくれない場合はどうすればよいですか
相手が特定業務委託事業者(従業員を使用する個人、または二以上の役員がいるか従業員を使用する法人)であれば、第4条の支払期日と第5条の禁止行為が関わります。公正取引委員会への申出という手段もありますが、5-6の数字のとおり、指導まで進むのは一部です。
相手が従業員のいない個人であれば、第4条は適用されません。残るのは民事の債権回収です。だからこそ、着手前に金額と支払期日を書面で確定させることが実質的な防御になります。
11. 出典
| 内容 | 出典 |
|---|---|
| 特定受託事業者・業務委託・情報成果物・特定業務委託事業者の定義 | 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律 第2条(e-Gov法令検索) |
| 取引条件の明示義務 | 同法 第3条(e-Gov法令検索) |
| 報酬の支払期日(60日以内) | 同法 第4条(e-Gov法令検索) |
| 受領拒否・減額・返品・買いたたき・やり直しの禁止 | 同法 第5条(e-Gov法令検索) |
| 施行日、および従業員を使用しない発注事業者にも3条通知が必要であること | フリーランス法に関するQ&A(公正取引委員会) |
| 令和6年度の相談件数・申出件数・指導件数 | 令和6年度におけるフリーランスに係る取引の適正化に向けた取組及びフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況(公正取引委員会) |
| 氏名表示権 | 著作権法 第19条(e-Gov法令検索) |
| 著作者人格権の一身専属性 | 著作権法 第59条(e-Gov法令検索) |
| 著作権の譲渡と、27条・28条の特掲 | 著作権法 第61条(e-Gov法令検索) |
| 確定申告を要しない場合(20万円) | 所得税法 第121条(e-Gov法令検索) |
12. あわせて読む
| 記事 | この記事とのつながり |
|---|---|
| 地味に儲かる副業の見つけ方|すぐ始められるものは、地味に儲かりません | 1-2で使った参入障壁の分類と、副業の所得区分・確定申告の線を扱っています |
| 卸業者の探し方|1週間で100社と契約した手順を全部書く | 発注者がいる場所に直接行く、という3章の実行例です |
| 卸売と転売の違いは仕入れ経路だけ|100社と契約して確かめた | 7-1の「掛率は実績に連動する」の元になった検証です |
13. この記事について
私はWeb制作を受注した経験がありません。3章から9章に書いた判断の型は、私が物販で仕入れ先を開拓し、100社以上と契約して条件を検証したときに使ったものを、Web制作の文脈に当てはめたものです。実際の受注件数や成約率について、私の実測データはありません。
法律の記述は、2026年9月時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文と、公正取引委員会の公表資料に基づいています。条文は改正されることがあり、個別の取引にどの規定が当てはまるかは事実関係によって変わります。判断に迷う場合は、公正取引委員会の相談窓口や、弁護士等の専門家にご確認ください。本記事は法律相談ではありません。
件数として挙げた「10本」や、金額として挙げた「5万円」は、本文中に示した前提から導いた目安です。市場価格でも、達成すべき目標値でもありません。収入や採用の結果を保証するものではありません。
税務の記述は条文の内容を示したものです。所得区分の判定や具体的な申告は、国税庁の情報またはお住まいの地域の税務署・税理士にご確認ください。
