「若い頃に苦労しなかった人は、どうなるのか」を調べて来られた方に、先に結論を書きます。
若い頃に苦労しなかった人の末路は、苦労しなかったことに気づかないまま、やってもらったことを自分の力だと思い込むことです。そしてその思い込みは、他人への評価に出ます。自分ができたのは努力したからで、あの人ができないのは甘えだ、と。
これは、私自身の話です。私は40歳になるまで、親が買った家に家賃を払わずに住んでいました。そして20代から30代の前半まで、「勉強しないやつはバカ、努力できないのは甘え」と本気で思っていました。今は分かります。住む家に困らないという土台があったから、時間のかかる商売に安心して賭けられた。若いうちに努力が報われる経験をしたから、努力を信じられた。それだけでした。
1. 結論:末路は「気づかないこと」。抜け出す順番は4つ
- 苦労しなかった人の末路は、自分が何に支えられていたかに気づかないこと。気づかないまま、成功を自分の努力だけで説明する。恵まれていたこと自体が悪いのではなく、それを自分の実力と取り違えることが問題。
- 「やってもらって当たり前」は、他人を責める言葉になって表に出る。私の場合は「努力できないのは甘え」だった。
- 私が家事の「当たり前」に気づいたのは、中学の全寮制の寮。やってくれる人がいない場所で暮らして、自分のことは自分で決める癖がついた。
- 抜け出す順番は、①やってもらっていることを書き出す、②自分で払う・引き受ける、③住み慣れた環境を一度離れる、④他人の「できない」を甘えと呼ばない。私がいちばん変わったのは③だった。
2. 私は「苦労しなかった側」だった
私は、自分が苦労してきた側だと思っていました。学校では落ちこぼれで、大学には短大から編入して入りました。証券会社の就職試験は、最終面接で落ちました。そこから古本のせどりで食べていくと決めて、師匠に弟子入りしました。
ただ、住む場所の心配を、私は一度もしたことがありません。都内にある、親が買ったマンションに、家賃を払わずに40歳まで住んでいました。売れない月があっても、家を追い出される心配はない。この土台があったから、結果が出るまで時間のかかる商売を続けられました。
当時の私は、それを自分の実力だと思っていました。うまくいったのは、自分が努力したから。うまくいかない人は、努力が足りないから。自分の成功は自分のおかげ、他人の失敗は他人のせいにする。この心の動きには、自己奉仕バイアスという名前がついています。
3. 家事の「当たり前」には、中学の寮で気づいた
「やってもらって当たり前」に、私がはっきり気づいたときが一度あります。中学で、全寮制の学校に入ったときです。
寮に入る前は、料理は母親が作ってくれるもの、洗濯もアイロンも、風呂を沸かすのも、やってもらって当たり前でした。寮では、自分でやらないと生活が回りません。周りの人に合わせることも求められます。人間関係がしんどくて、入学して3日で辞めたくなりました。それでも3年いて、自分のことは自分でやる癖がつきました。
あのまま大人になっていたら、私は主体性のない人間になっていたと思います。今の私は、仕事も人生も、人がどうしているか、会社の意向だから、という受け身では決めていません。自分のことは自分で決めて、自分で切り拓いています。寮生活は本当にしんどかったですが、それで成長できたのも事実です。
ただ、寮で気づけたのは、家事という目に見える「当たり前」でした。住む家に困らないという、目に見えない土台のほうは、そのあと長く気づかないままでした。2章に書いたとおり、20代から30代の前半まで、私は「努力できないのは甘え」と本気で思っていました。
つまり私の中では、自分のことを自分でやれるようになったことと、他人のできないを「甘え」と呼ぶことが、同時に成り立っていました。自分で暮らせるようになるだけでは、他人の事情が見えるようにはならなかったということです。5章の④を、③とは別の順番として置いているのはこのためです。
4. 「やってもらって当たり前」の末路は、他人への言葉に出る
やってもらっていることに気づかない人は、それが自分の力に見えます。自分の力に見えるものは、他人にもあって当然に見えます。だから、他人ができないと「甘えだ」と感じる。
私が口にしていた「努力できないのは甘え」は、その順番で出てきた言葉でした。家賃のかからない家と、若いうちに報われた成功体験。それを持たない人に、同じ努力を求めていたことになります。
「苦労知らずの人」の特徴を挙げるなら、私が自分の中に見つけたのは次の3つです。
| 特徴 | 私の場合 |
|---|---|
| 成功を努力だけで説明する | うまくいったのは、努力したからだと思っていた |
| 他人の「できない」を甘えと呼ぶ | 「勉強しないやつはバカ、努力できないのは甘え」と本気で思っていた |
| 自分の土台が見えない | 家賃のかからない家に住んでいることを、条件だと思っていなかった |
5. やってもらったことを、自分がやったことに変える
振り返ると、私は「やってもらっていたこと」を、少しずつ「自分がやったこと」に変えてきました。
① 払っていなかったものを、自分の名義で引き受けた
結婚をきっかけに、光熱費、マンションの管理費、修繕積立金、駐車場代の支払いを、すべて自分で始めました。父親あてに届いていた駐車場代の請求は、名義を書き換えました。管理組合に届けている代表者の名前と連絡先も、自分に変えました。
② 家の設備を、自分のお金で直した
住戸の照明をすべてLEDに替え、温水洗浄便座を2回交換し、寿命が来たIHクッキングヒーター、食洗機、天井のエアコン2台を入れ替えました。故障した電気温水器も、別のメーカーのものに入れ替えています。
正直に書くと、生活費として親に現金を渡したことは一度もありません。それでも、家に何をしたかは、あとから確かめられる事実として残ります。この話は実家暮らしの後ろめたさについての記事に、金額の考え方と一緒に書きました。
③ 住み慣れた環境を、一度離れる
①と②は、今いる場所でできることです。ただ、私がいちばん変わったのは、中学の寮で、やってくれる人がいない場所に入ったときでした。住み慣れた環境を離れて、ある程度の期間、自分だけで暮らす。これを若いうちにやらないと、いつまでも同じ場所にだらだら居座って、成長しない人生になると私は思っています。
私の子供に、同じ寮生活をさせようとは思いません。学歴の価値は、私のころより落ちているからです。そのかわり、海外の短期留学はいいと思っています。海外では差別を受ける危険もあるので、長く住ませるより、期間を区切った短期です。大事なのは、学校の名前ではなく、知らない土地で、自分のことを自分でやるしかない期間を持つことです。
寮で身についたものは、料理も洗濯も、周りとの折り合いも、自分で引き受けるしかない暮らしから来ていました。家にいたころの私は、母親がやってくれるので、自分でやる場面そのものがありませんでした。私が「離れる」をすすめるのは、住み慣れた場所にいるかぎり、その場面が来ないことが多いからです。人は、必要性がないことはやらず、やらないと自分の生活が崩れるとなって初めてやります。大人になってからの私の皿洗いも、そうでした(よくある質問)。
④ 他人の「できない」を、甘えと呼ばない
今の私は、人ができないのを見たとき、「その人は、私が持っていた土台を持っているか」を先に考えるべきだと思っています。持っていないなら、同じ結果を求めるほうが間違っています。
6. 苦労してきた側の人へ
この記事に来た人の中には、苦労知らずの人に振り回されている側の人もいると思います。「やってもらって当たり前」の顔をした人に腹が立つのは、当然です。
ひとつだけ、私の側から言えることがあります。土台がない状態で続けてきたなら、それは、土台の上で続けてきた私より、ずっと難しいことをしてきたということです。私が20年続けられた理由も、根性ではありませんでした。行く先がほかになかったことと、向いていたことです(グリット(やり抜く力)とは)。
よくある質問
若い頃に苦労しなかった人は、どうなりますか?
私の場合は、自分が何に支えられているかに気づかないまま、成功を自分の努力だけで説明し、他人のできないを「甘え」と呼ぶようになりました。苦労しなかったこと自体より、それに気づかないことが問題だと思っています。
「やってもらって当たり前」の人の末路は?
やってもらっていることが、自分の力に見えるようになります。すると、他人にも同じことができて当然に見え、できない人を責めるようになります。周りの人が離れていくとしたら、その言葉が原因になりやすいと思います。
今から直すには、何をすればいいですか?
まず、自分がやってもらっていることを書き出します。住む場所、お金、時間、誰かの手間。次に、そのうち自分で払えるもの、引き受けられるものを、ひとつずつ自分の名義に移します。できるなら、住み慣れた環境を離れて、ある期間、自分だけで暮らします。私が家事の「当たり前」に気づいたのは、中学で全寮制の寮に入ったときでした。最後に、他人のできないを見たとき、その人が自分と同じ土台を持っているかを先に考えます。
身近な「やってもらって当たり前」の人は、どうすれば変わりますか?
私が変わったきっかけは、やってくれる人がいない場所に入ったことでした。寮では、自分でやらないと生活が回りませんでした。身近な人に困っているなら、その人が自分でやるしかない場面があるかどうかが、分かれ目になると私は考えています。私の場合、母親がやってくれていたあいだは、それが当たり前で、気づく場面がありませんでした。やってあげる側が続けているかぎり、やってもらう側が気づく機会は来にくいと思います。
やってもらって当たり前の夫・妻は、治りますか?
今の延長では治らない、と私は考えています。これは私自身の話でもあります。私は、ビルトインの食洗機があっても、皿洗いを面倒だと思ってやりませんでした。今は、ビルトインの食洗機がある部屋に引っ越したいと思うほど、それを渇望しています。必要性が生まれたからです。
人は、必要性がないことはやりません。やらないと自分の生活が崩れる、となって初めてやるようになります。やってもらって当たり前の夫や妻も、やってもらえている今の暮らしが続くかぎり、変わるきっかけがありません。変わるとしたら、その人がやらないと生活が回らなくなったときです。
仕事では、どんな形で出ますか?
私の場合は、人に教える場面で出ていました。相場の読み方やアプリの使い方といった基本を予習してこなかった相手に苛立って、「これぐらいはやるとわかっているのだから準備しましょう」と伝えたら、その日に「無理だと思うのでやめます」と言われたことがあります(セルフハンディキャッピングとは)。自分に分かることは相手にも分かる、自分にできることは相手にもできる、と思い込む形は、知識の呪いの記事にも書いています。
子供を「やってもらって当たり前」にしないには、どうすればいいですか?
私は、住み慣れた環境を離れて、ある期間、自分だけで暮らす経験をさせるのがいいと思っています。私自身は中学の全寮制の寮でそれを経験しましたが、学歴の価値が落ちた今、子供に同じことをさせようとは思いません。考えているのは、期間を区切った海外の短期留学です。
関連記事
- 自己奉仕バイアスとは|「努力できないのは甘え」と思っていた私が立っていた下駄
- 実家暮らしの後ろめたさは「家賃を払っていないこと」ではなく「家に何もしていないこと」から来る
- こどおじは最強か|貯金・生活費・家にいくら入れるかを実額で検証
- 公正世界仮説とは|意味と具体例
- グリット(やり抜く力)とは|20年続いた理由は、根性ではなかった
- センスがいい人は頭がいいのか
- 勉強しない大人の末路
- 知識の呪いとは|教えても思いどおりにならない原因は、相手ではなく私の説明の穴だった
- セルフハンディキャッピングとは|「準備しましょう」と伝えたその日に、やめますと言われた話
- 自立できない人の末路は「4層が同時に崩れたとき」にだけ来る(40歳まで親の家に住んでいた私の回避行動)

コメント