「せどりはクズ」と言われて腹が立つより先に胸が痛むなら、原因は批判が的を射ていることではありません。いまの仕入れに、その先がないからです。
私は店舗での仕入れから始めて、途中で個人からの買取に切り替えました。名乗り文句は「古本の買取業をやっています」のまま、一度も変えていません。それでも恥ずかしさだけは消えました。変わったのは言葉ではなく、誰の何を代行しているのかを自分で説明できるようになったことでした。
この記事では、せどりが合法である理由も、転売批判への反論も書きません。恥ずかしさが消える条件と、消えた直後に必ず来る次の壁だけを、実際に通った順番どおりに書きます。
「クズ」が刺さる人と、刺さらない人がいる
同じ言葉を浴びても、刺さる人と刺さらない人がいます。分かれ目は批判の正しさではありません。自分の仕事を一言で説明したときに、誰の役に立っているかが相手に伝わるかどうかです。
「安く買って高く売っています」と言えば、相手は反射的に身構えます。誰かが損をしている絵が浮かぶからです。「不要になったものを引き取って、必要な人に流しています」と言えば、相手は質問してきます。この差は語彙の問題に見えて、実際には仕入れ先の構造の差です。
だからこの記事は、反論から始めません。反論は「刺さっている」ことを認めない構えであり、刺さっている人には何の役にも立たないからです。
「せどりですか?」と聞かれたのは、生涯で一度だけ
実際に面と向かって「せどりですか?」と聞かれたのは、これまでで一度きりです。せどりからの方向転換を模索していた時期に参加した、不動産セミナーの場でした。
そのとき私が答えたのは「せどりでスタートして、今は買取業もやっています」。隠しても嘘をついてもいません。相手はその後、名刺交換をした流れで別のビジネスの勧誘をしてきたため、こちらから連絡を断ちました。おそらく最初からその目的で来ていた人だったのだろうと思っていますが、これは私の推測です。
ここで言いたいのは相手の批判ではありません。「せどり」という言葉を知っていて、わざわざその語で確認してくるのは、世間ではないということです。副業や投資の情報が集まる場所にいる、業界の縁にいる人だけがこの語を持っています。
それ以降、この言葉を向けられたことは一度もありません。世の中の大半の人は「せどり」を知らないからです。多くの人が「世間の目」として想像しているものは、実在しない仮想敵であることが少なくありません。
疑われたときに、私がやったこと
本当に疑われた場面は、別のところにありました。2013年、出品作業を代行してもらうために主婦の方を雇ったときのことです。
しばらくして、そのご主人が「妻が怪しい人間と取引をしている」と警戒し、直接会わせろと言ってきました。相手から見れば当然の反応です。顔も知らない人間が、ネット越しに妻へ仕事を渡している。
このとき私がしたのは、説明ではありませんでした。「では、一緒に仕入れをしてみましょう」と提案し、秋葉原で落ち合って一日を一緒に過ごしました。
仕入れたのは家電です。秋葉原は処分品が流れてくる街なので、実際に歩けば利益の出る商品がどれだけ拾えるかを、その場で見せられます。せどりすとの使い方と、当時使っていたモノレート(現在は終了)の見方をその場で教え、値付けの根拠を一つずつ確認してもらいました。
その日の見込み利益は6万円ほどでした。
一日が終わる頃には、「妻をよろしくお願いします」に変わっていました。疑いは、説明では解けませんでした。同行でしか解けませんでした。
ただし、この話には続きがあります。ご主人は最後にこう言いました。「資金を持っていないから、自分ではやらない」と。
目の前で1日6万円の見込み利益を見て、手順もツールも教わって、それでも参入しないという判断です。この仕事は、誰でもできる簡単な副業でもなければ、楽して稼げる仕事でもありません。利益商品の見つけ方が分かっても、動かす資金がなければ何も始まらない。批判する側も、勧める側も、ここをあまり見ていません。
後で聞いて意外だったのは、警戒された理由のほうです。ご主人は事前に私のサイトを見ていました。当時から私はノウハウを無料で出し続けていたのですが、それを見て「ここまで情報を開示して、この人は仕事になるのか」と思ったのだそうです。
疑われた原因は、隠していたことではありませんでした。出しすぎていたことでした。この仕事が怪しく見える理由は、多くの人が想像するものとは違うところにあります。
名乗りを変えずに、後ろめたさだけが消えた
私の名乗り文句は、店舗で仕入れていた頃も、個人からの買取に切り替えた後も、まったく同じです。「オンライン古書店をやっています」「古本の買取業です」。それで通じましたし、事実でもありました。
それでも、時期によって内心はまったく違いました。
| 時期 | 実態 | 名乗り | 内心 |
|---|---|---|---|
| 〜2008年頃 | 店舗での仕入れ中心。仕入れて売るで完結 | 古本の買取業です | 隠れ蓑。知られずに済んで安堵していた |
| 2009年〜 | 個人からの買取。AmazonとYahoo!オークションで販売 | 同じ | 隠す意識が消えた。ただし別のしんどさが来た |
遅くとも2009年には古物商許可を取得し、買取をやっていました。切り替えの時期はこのあたりです。
やっていること自体は、せどりと変わりません。買い取ったものをAmazonとYahoo!オークションで売っている。当時はまだメルカリがありませんでした。行為だけを見れば同じです。
それでも後ろめたさが消えたのは、はっきりした理由があります。お客さんは自分で売る力がない。だからこれは、その代行の手数料なのだと言えるようになったからです。
この一言が言えるかどうかだけが、前期と後期の違いでした。名乗りは変えていません。言い換えのテクニックを覚えたわけでもありません。変わったのは仕入れ先であり、その結果として説明が成立するようになっただけです。
だから「呼び方を変えれば楽になる」という助言には意味がありません。事実が変わらない限り、言い換えは嘘になるだけです。辞書で引いても、せどりは転売の一つです(せどりと転売の違い)。
ここまで読んで、では自分は何にシフトすればいいのかで詰まると思います。私の場合それは買取でした。ただし買取は、仕入れ以前に「直せる個体を見分けられるか」で単価が決まります。
「せどりより未来がある」と言われるものを、実際に検証した
後ろめたさの話をすると、必ず出てくる逃げ道があります。「卸から仕入れれば真っ当だ」「卸は飽和しないから、せどりより未来がある」というものです。
私は人に教えるために、これを実際に検証しました。1ヶ月かけて100〜120社ほどの卸と契約し、送られてきたカタログをすべてAmazonの相場と突き合わせました(当時は無料で使えたモノレートというサービスで調査していました。同サービスは現在は終了しています)。
結論は3つです。
- 初期の取引条件では利益が出ない。割引率は取引量に応じて上がるため、量を積んだ先にしか利益の出る位置がない。
- 条件の良い卸は、すでに新規を締め切っている。後から申し込んでも枠がないと断られることがある。
- したがって、儲かる卸を見つけても、それを人に教えられない。
「卸なら飽和しない」と言われますが、実際には先に入った人の席が埋まっているだけで、構造はせどりとまったく同じでした。教えられない手法は、手法として不完全です。だから私はこれを広げませんでした。
※この検証は分量が多いため、詳細は別記事にまとめます。

後ろめたさの次に労働集約、その次に在庫が来る
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。恥ずかしさが消えても、終わりではありません。壁は順番に来ます。
| 段階 | そこで来る壁 | 抜ける方向 |
|---|---|---|
| 店舗で仕入れて売る | その先がない。だから「クズ」が刺さる | 仕入れ先を変える(買取へ) |
| 個人から買い取る | 労働集約。身体と時間が売上に直結する | 単価を上げる(工程を足す) |
| 単価が上がった後 | 在庫そのもの | 在庫を持たない形へ |
買取に切り替えて後ろめたさは消えましたが、代わりに来たのは身体のしんどさでした。お客さんとのやり取りは簡単ではありません。処分したがっている方は急いでいるので、夜中に呼び出されて、すぐ来ることを求められることもありました。
一度、夜中に呼ばれて向かった買取があります。有料駐車場に停めて引き取ったのは、ゲームキューブとソフト。駐車場代まで払って、結果は赤字でした。
ここが労働集約という言葉から想像されるものと、実際の違うところです。動いた分だけ売上が立つのではありません。動いても損をすることがあります。
比べてみると分かりやすいと思います。秋葉原で一日仕入れをしたときの見込み利益は6万円ほどでした。一方、夜中に呼ばれた買取は赤字。後ろめたさが消えたほうが、数字としては悪い。それでも私は買取を続けていました。この仕事が分かりにくいのは、こういうところです。
正確に言うと、これは精神的にきついのではありませんでした。精神的というより、労働集約から抜け出せないことがしんどかった。自分が動くこと以外に、売上を立てる手段がない構造から、いつまでも出られない。
そして時間が経つうちに、もう一段先の問題が来ていました。在庫を持つビジネスそのものが嫌になっていたのです。
当時はまだFBAがなく、梱包も発送も自分でやっていました。一日の流れはこうです。
- 朝起きて、契約していた倉庫まで行く
- 売れたものをピックアップして持ち帰る
- 自宅で梱包する
- 集荷に来るヤマト運輸に、夕方17時までに渡す
これを毎日やりながら、週に3回は仕入れにも出ていました。
在庫を持つというのは、資金が寝るという話だけではありません。在庫がある限り、毎日17時という締切が発生し続けます。倉庫と自宅を往復して、梱包して、間に合わせる。その合間に仕入れに行く。売上が増えるほど、この作業も増えていきます。
売れ残りが怖いのではなく、売れることそのものが作業を生む構造に嫌気が差していました。
ここまで来ると、「せどりはクズか」という問いへの答えははっきりします。クズではありません。ただし、在庫を持って価格差を取る構造には、順番に壁が来ます。批判が刺さるのは、その最初の壁の前に立っているからです。
だから対処法は、反論することでも、マナーを守ることでもありません。次の段階に進むことです。仕入れ先を変える、工程を足す、在庫を減らす。壁が来る順番はほぼ決まっているので、先に知っておけば準備ができます。
よくある質問
せどりは違法ですか?
中古品を反復継続して売買する場合は古物商許可が必要ですが、許可を得たうえでの売買は適法です。要件や運用は所轄警察署で異なるため、公式情報での確認をおすすめします。
せどりと買取業は何が違うのですか?
行為はほぼ同じです。違うのは仕入れ先で、自分で売る力がない人から引き取る場合、その代行手数料として説明が成立します。ここが後ろめたさの分かれ目です。
クズと言われたら、どう返せばいいですか?
反論は不要です。誰の何を代行しているかを一言で言えるかどうか、自分で確認してください。言えるなら気にする必要はありません。
卸から仕入れれば批判されませんか?
批判は減りますが、稼げるかは別です。割引率は取引量で決まるため初期は利益が出にくく、条件の良い卸は新規を締め切っていることがあります。
せどりの次には何が問題になりますか?
労働集約です。買取に切り替えると後ろめたさは消えますが、自分が動いた分しか売上が立たない構造が残ります。その次は在庫です。

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