貧乏な友達と付き合うメリットはあるのか?実際の体験を元に解説

貧乏な友達

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どうも、細野です。

 

ツイッターを見ていたら「貧乏な友人と遊べない」というトピックが話題になっていました。

 

人との付き合いを損得勘定で見るのは良くない、同じような経験をしたことがあるので共感できるという反応が多く、自分もそういえば同じような経験をしてきたなぁと思い出しました。

 

今回は僕の経験を事例に、貧乏な人との付き合いが成立するパターンと成立しないパターンを論理的に解説をしていきます。

 

貧乏人x貧乏人 → 成立

 

まず最初に自分が貧乏人で相手も貧乏というケース。

これは学生時代、幼少期などが該当をすると思います。

 

ただし子供の頃でもケチな子というのは嫌われるので、羽振りが悪いと友達が作りにくい、離れていきます。

 

僕自身も寮生活をしていた時にお菓子を分けてくれない、駅までのタクシー代をケチって通学バスに潜り込んだことをチクられる。

などなど、ケチくさい行動をしたがために嫉妬されたり、嫌われるというの経験しています。

 

ケチくさい行動を自分がしている時って理解できないのですが、自分がケチくさい対応をされた時にいらつくものです。

 

ケチな人間は嫌われてQOLが自動的に下がる

 

例えば女性とデートをして会計の時に相手が財布を取り出さない時。

すごくいい方であればこちらから支払いをさせて頂くというマインドになるのですが、相手が年収が低く、特別な能力や実績も持ってない場合「お前何様だよ」と思ってしまいます。

 

収入と人間性はある程度比例するので、30過ぎて年収500万すら稼げてない人って人間的に問題がある人です。

それか選ぶ業界や職業をミスった人ですね。

 

職業選択やキャリアパスについて考えることもセンスや教養、時代を感じる能力と直結するので、稼げない業界に就職したから貧乏なのは仕方がないというのは通りません。

転職する機会、副業をやって稼ぐチャンスは開かれているのです。

 

お金が稼げるようになると稼げない人や貧乏人というのは、心の持ちように問題があって貧しくなっているのだとよくわかります。

 

貧乏人は貧乏になるべくして貧乏になっている

 

今これを読んでいるあなたが年収500万すら稼げないのであれば、お前に何がわかると怒るかもしれませんが事実です。

悔しければこの動画で話したことを実行できているか問いて下さい。

 

 

出来てないですよね。だから貧乏なんですよ。

 

僕は当たり前にこれをやってきました。

 

小学生の頃から乞食マインドを発揮した俺

 

物を拾うというのは小学校の頃から電車の網棚からジャンプを拾ったり、駅の雑誌を捨てるゴミ箱を開けたりとやっていました。

 

それを次の日学校に持っていき、毎週火曜日は拾ったジャンプを読むというのが僕の日課だったのです。

僕は乞食をしていましたが、火曜日になってもジャンプを読んでいない子、ジャンプを読みたいと思っているがお金を持ってない子に僕が拾ってきたジャンプを読み終えた後にプレゼントしていました。

 

僕がやった事は子供が乞食になんて恥ずかしい…というのが世俗的な反応でしょう。

しかし僕が一瞬恥をかき(恥と思いませんでしたが)、自分が楽しむ。

そして自分が楽しみ、その楽しみを友達とシェアをする。

 

こういった事に僕は喜びを見出す子供だったのです。

 

楽しいことは皆で共有すればもっと楽しくなるよね。

そんな純粋な気持ちってやつです。

 

子供の頃はこのように創意工夫でお金がなくても毎日を楽しくする工夫。

限られたリソースを使っていかに生活の質を高めるかを学ぶ時期だと僕は考えております。

 

貧乏を恥と思わない風潮

 

若い時の貧しさは良いが、大人になってからの貧しさは恥である。

タルムードというユダヤの聖典にもこのように書かれております。

本当にそうだと思います。

 

いい年してお金を稼げないというのは非常にみっともないです。

20代後半とか、30にもなって貯金が100万すらないというのはちょっとあり得ない。

何に使ったの?と思うし、実際聞くと答えられないことに使っているんですよね。

 

金が無いのに奨学金で大学に進学(それも無名大学)、金がないのに一人暮らし、金がないのにブラック企業に就職。

身の丈にあった生活が出来ないです。

だからどんどん彼らはお金に困って貧乏になっていきます。

 

一事が万事、貧乏な人って自発的に問題を解決しようという気概が薄いです。

 

偏差値=人格と考えて問題ない理由

 

僕は頭は悪かったのですが、何か問題が起きた時に解決したいというマインド、限られたリソースをどうやって効果的に使うかを考えるのが得意でした。

 

就職は思うように決まりませんでしたが、「行きたい会社がないなら自分で作ればいい」という思想に到達して起業。

起業した人の9割以上が1年以内に稼げなくて消えていくと言われる中、10年近く稼ぎ続けて結果を出しております。

 

そして恐らく同世代の中では資産偏差値というものがあるのであれば確実に上位に属しているでしょう。

それは結婚をしてないとか、子供がいないというのも大きな要因ですが、独身でも資産を持ってない貧乏人は大量にいるので、そういった人よりかは自己管理能力が高い人間だと自負しております。

 

身も蓋もない事言いますが、僕と同じ知性。

例えば僕は理系の大学を出ているのに微分と積分の違いがわかりませんが、こういう次元の知性の人間でここまで稼げている人など皆無です。

 

僕の動画やメルマガなどを見れば、僕が元偏差値30のドアホだった事など微塵も感じないでしょう。

それどころかこの人相当頭がよく論理的な思考が出来る人なんだなと感じる人もいるでしょう。

 

僕と同じようにビジネスで結果を出してる人は僕よりも偏差値が高い大学に属してる人ばかりです。

どういう大学かと言えば当たり前に偏差値60以上の有名私立、国立大学に属している人。

 

僕はそういう人と話をするのですが、これぐらい知ってないとやばいよねという事を余計な説明をせずに通じるのが教養の高い人たち。

つまり偏差値60以上の大学に属している人です。

 

これ以下の大学に行く人でも全てがダメとはいいませんが、同じ日本語を話しているのに理解が出来なかったり、同じことやらせても行動がおかしかったりと、理解力や知力に問題がある事が多いです。

 

最も僕もビジネスを始めた頃は他の人が当たり前にできることができなかったので、低学歴ってそういう人間なんだと思います。

 

そしてその状態が当たり前であり、それに甘んじてしまう人が多いので、結果として貧乏になっていく。

こういう因果関係があると分析しております。

 

低学歴でも下克上して金持ちになる事は可能ですが、それは非常に特異な事だと考えて問題ないでしょう。

 

ですから僕は収入=人格、偏差値=人格と言い換えて、ほぼ問題ないと考えます。

 

こちらの記事でも書かせて頂いた通り、採用の現場でも学歴差別は当たり前に行われており、その有用性は何十年もの年月をかけて立証されております。

 

Fラン大学に行く意味はある?価値無し?就職先はブラック企業のみ?

 

有名大学を出たけど使い物にならない人間はいるよ?

確かにその通りです。

 

でも無名大学出て使い物にならない人のほうが割合として遥かに高いよね?

じゃあ効率が悪いから最初からそんな人を見るのはやめよう。時間もないし。

 

これが論理的かつ合理的、そして統計的に導き出された解なのです。

 

低学歴は採用するな。

 

この言葉だけ見るとひどい事をするなと思うかもしれませんが、これは正しい行動なのです。

 

ところが貧乏人はこの実態が理解できないので、奨学金貰ってFラン大学に進学してしまい、お金も時間も無駄にするのです。

そして卒業する頃には負債まみれになり、就職しようにもブラック企業しか雇ってくれないので稼げない。

その結果人生が詰むということです。

 

いい加減そんな馬鹿なことは辞めて、自分の代で貧乏を断ち切って成功者の側に来たほうが良くないですか?と僕は思うのですが、本人が望んで哀れな人生を歩むことを決断しているのでどうにも出来ません。

 

貧乏人を救済しようと試みた結果www

 

僕の大学時代の友人にS君という子がいます。

 

S君は僕と同じ大学付属の高校に進学しており、入学時点では僕よりも頭が良い子でした。

僕が理解出来ない講義の内容をわかりやすく説明してくれたり、課題を手伝ってくれたりと、とても良い奴だったのです。

 

しかし彼は大学進学後に遊び呆けてしまい、結果として留年。

僕自身も留年をして半年後に卒業をしたのですが、彼はその後も卒業できずに退学をしたそうです。

 

それから数年後。。

 

SNSでお互いを見つけた僕らは会って食事をしようという話になりました。

 

久しぶりの再会。

僕はその時点でビジネスで稼げており、お金には不自由のない状態でした。

 

一方でS君は仕事を転々としており、その当時は家電量販店で仕事をしていました。

販売のスキルがありたくさん商品を売って上司の人から褒められていたりと、順調に結果を出している姿が彼の日記を見て伝わってきました。

 

そんなS君と食事をした時に、自分がビジネスをやって稼いでいること、新しく始める仕事を手伝ってくれる人を探していると伝えた所、S君は手伝ってみたいと言ってくれました。

 

S君はお金がなくパソコンを持っていなかったので、僕がお金を出してパソコンをS君の家に送りました。

そのパソコンを使って作業をやってもらおうとしたのですが、何度言っても彼は手を動かしません。

言われたことが出来ないのです。

 

何度も具体的にこれをやって欲しいと電話をしたり、メールをしたりとやったのですが、最後まで彼は何もせずに終わりました。

パソコンを返してもらおうかと思いましたが、それもしんどいのでそのままこの話は頓挫。

 

その後家電量販店の仕事もS君は辞めてしまい、ますますお金に困っていきました。

 

しかしもう僕が彼に連絡をすることはないし、連絡が来ても会おうとすら思わないでしょう。

僕はS君にチャンスを与えましたが、そのチャンスをS君が自らの意志で破棄したのです。

 

主婦を助けようとした結果www

 

また旦那さんのお給料が低いので僕のもとで仕事をして稼げるようになりたいと連絡をくれた方がいました。

 

成果報酬という条件で作業を任せた所、そのビジネスは続けられなくなりました。

それは僕にも落ち度があり一方的に彼女が悪いとは言えない状態でした。

 

なので清算をして終わりにしましょうというのを伝えた所、研修をする時の交通費を出せ、パソコンはお給料が払われるまで返さないと言ってきました。

 

そしてそのお給料は勝手に算出をして請求をされました。

意味不明だったのですが、作業をしてくれたのは事実でしたし、パソコンを持っていかれるのは嫌だったのでお金を払いました。

 

その後彼女とは連絡も取っていません。

物販のノウハウを色々教えてあげたのですが、お金がないのと子育てで忙しいらしく結果も出せませんでした。

 

僕は彼女の助けになるならばと当時自分が提供できるものは出し惜しみ無しで提供しました。

 

僕は善意で対応をしていたのですが、結果として何も実らず、むしろ時間とお金を浪費するだけという最悪の状況になりました。

 

ブラック飲食店で働いていた店長を雇った結果www

 

またある時は飲食店で店長をやっているが、給料が安く困っているという方を社員として採用しました。

 

最初の間は頑張って仕事をしてくれたのですが、やはりこちらが要求することが理解できず、仕事が遅くその質も低かった。

それを改善しようと何度も説明したり、一緒に作業をしたのですが、治りません。

 

最後は本人から辞めたいと申し出が出たので、1ヶ月分のお給料、その方が僕の仕事のために引っ越してきた部屋の家賃、パソコンをプレゼントして清算。

 

細野さんの元で働きたい、死ぬ気で頑張って貧乏を脱したいと言っていたのに秒速で諦めて消えてくれました。

 

彼は「細野さんに出してもらった家賃は必ず返します」と言ってくれたのですが、1年経った今も連絡は全くありません。

 

元々大阪に住んでいてわざわざ東京にまで出てきてくれて頑張ってくれたので、家賃ぐらいの負担は別にいいのですが、約束を守れない人間というのは信頼を失うと思います。

 

貧乏人を救おうとか考えるのは無駄だと思う

 

このような経験から僕が辿り着いた結論は、貧乏人を救おうとか考えてはいけないという事です。

 

結局自分で気が付かない限り、周りから言われても変われないのです。

 

血を吐いて過呼吸になるレベルで自分を追い込まない限り、卑しいマインドというのは治りません。

 

僕はそれを精神の限界と呼び、25歳を境に人間としての成長が著しく鈍化すると表現しています。

 

マインドを叩き直すなら25歳までにきちんとした考え方、成功体験を積めということです。

だからこそ良い大学に進学する価値がありますし、出来なかったならば自分で創意工夫をしてもがく必要がありますよね。

 

でも貧乏な人はそういった事が出来ないので、どんどん状況が悪化し詰んでいくわけです。

 

それをかわいそうだから助けようと思うのは、努力をしない彼の自由を奪うことなので、偽善なんです。

これが僕が辿り着いた結論です。

 

貧乏な人との付き合いを損得勘定だけで考えませんし、必要ならばきっかけや視点を与えますが、それを与えて本人がやらない。

ならば自分はその責任を持つ必要はないということ。

 

これは嫌われる勇気に書いてある課題の分離ってやつです。

 

今貧乏だけど努力して這い上がろうと思ってる人に解決策を示すのは僕の課題。

その人が行動しない、稼げないのは相手の課題。

 

これをごっちゃにしない事を僕は起業してからの失敗体験で学びました。

 

まとめ

 

今後ますます僕は稼げるようになっていくので、友達の面をしたお金に困った人から連絡が来る事があるでしょう。

 

その際も最低限の礼儀は示しますが、過剰な期待はしません。

 

僕はすでに30代になっており、同世代の友達も同じぐらいの年齢であることを考えると、今から成功する確立は極めて低い。

 

期待をしすぎてしまうと相手が行動しなかったり、変われなかった時に裏切られたという気持ちになってしまいます。

ですがそれは僕の傲慢です。

 

負け犬というのは変われない、変わろうとしない性質を持っている生き物なんです。

そしてその事を幸せだと思っているので今のままの態度を変えないのです。

 

だからそこに過剰に干渉をするのではなく、きっかけやチャンスは与えるけど、育たなかったら切ってあげる。

損切りは素早くやるという事ですね。

 

これがお互いの幸せを維持するために大事な事だと僕は考えます。

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