嫌われる勇気を発揮するのはハードルが高い?出来るまでの期間は?

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この記事の所要時間: 910

こんにちは、細野です。

 

昨日放送された金スマで、高橋みなみさんにスポットが特集をされました。

 

番組の中でプロデューサーである秋元康さんから「誰からもいい人だと思われる人は ある意味どうでもいい人だ 嫌われる勇気を持ちなさい」と言われた事が紹介され、これが共感を集めています。

 

嫌われる勇気と言えば、数年前に発売された一冊の本がベストセラーとなり話題になったことがありましたよね。

 

 

僕自身もこの本を昨年買ったのですが、買ったままあまり読み進めず放置していました。

 

嫌われる勇気は良い本だというのは聞いていたのですが、自分自身は人から嫌われたり、批判されることは、それだけ熱烈なファンや支持を得ることだと理解しているので、あまり気にならなかったのです。

 

しかし、この本の骨組みだけでも知っておこうと思い、オーディオブックを購入して、嫌われる勇気の朗読を聞き、読破をしました。

その時学んだ事をアウトプットしたのが、この動画です。

 

 

嫌われる勇気と言うと、和を大切にする日本人にはハードルが高いと感じる人が多いかもしれません。

そこで今回は僕がどうやって嫌われる勇気を発揮し、多くの人を巻き込んでいったのかを語りたいと思います。

 

カリスマの時代を生きる

 

僕が現在のような情報発信スタイルに落ち着いたのは、感受性が最も豊かな少年時代にカリスマ性が極めて高いアーティストの作品に触れたことが原体験となっています。

 

僕が生まれた1983年は、パソコンが登場し、家庭用のゲーム機が普及をし、CDが数百万枚単位で売れ、世界を代表するアニメや漫画がたくさん生まれた時代です。

 

例えばパソコンであればWindows95、家庭用のゲーム機であれば初代ファミコン。

こういったものをリアルタイムで体験してきました。

 

CDであればビジュアル系ロックバンドや小室哲哉さんの作った音楽です。

これらは当たり前の用の数百万枚売れ、僕も含めた多くのファンを獲得しました。

 

アニメや漫画は、皆さんも知っているであろうドラゴンボール、スラムダンク、幽遊白書。

こういったものをジャンプで連載されていたものを見て、アニメも全て再放送ではない初回放送で体験しています。

 

率直に言ってクオリティがとても高い作品が大量に生まれた時代であり、

それが僕らの世代では当たり前となっています。

 

だから正直AKBも出始めの頃は、歌もうまくない、特段可愛いわけでもない女の子が踊って歌っていると言われても

全く興味が持てませんでした。

 

アーティストに対して僕が期待するのは

自分が絶対にできないと思う事や想像できないことを体現してくれることでしたから。

 

一般的に人は第一印象で嫌われると、そこから挽回するのは難しいと言われます。

 

僕自身アイドルというものは全く興味がなく、

例えば僕が中高生だった頃にはモーニング娘というのがとても流行ったのですが、

彼女らのCDを一枚も買わず、聞こうとすら僕は思いませんでした。

 

だからAKBが話題になり始めた時も

僕にとっては全く持ってどうでもいい存在であり、

その認識というのは変わらないものだと信じていました。

 

批判者から共感者への変化

 

そんな僕がAKBのファンになってしまったきっかけは、前田敦子さんが卒業発表をされる少し前です。

たまたま動画共有サイトでAKBが特集をされた金スマの映像があり、それを見た時にとても強い衝動を覚えたのです。

 

金スマではAKBが全く売れなかった時代から、少しずつファンを集めて、現在の地位を確立するまでの物語がわかりやすく描かれていました。

 

僕はAKBはアイドルマニアから搾取をして、キャバクラ商法で成り上がってきた、

アーティストと呼ぶに値しない卑しい存在だとそれまで思っていました。

 

しかし金スマをきっかけにAKBの番組を見まくった結果、

彼女らがやって来たことは、それまでのアイドルにはなかった身近さ、共感性を全面に押し出した活動だったのです。

 

例えばモーニング娘が最も勢いが合った時代にいた、後藤真希さんという方がいます。

この方は客観的にもとても美しい方だと思います。

 

美しいですし、カリスマ性が圧倒的にあります。

 

モーニング娘に1ミリも興味がなかった僕ですら、後藤真希という名前だけは知っていたので、

一般的な知名度もかなり高いのではないかと予想します。

 

じゃあ後藤真希さんがAKBのように身近さがあったかというと、

その真逆です。

 

近寄りがたいオーラがあり、自分の世界観をしっかり持っている女性。

そんなイメージが僕にはありました。

 

よく美人すぎる女の人は、男の人がビビってしまい意外ともてないと言われますが、

それに近い心理です。

 

こんな綺麗な人に自分が声をかけたり、仲良くなるのは不適切ではないのだろうか?

セルフイメージと言っちゃあその通りなんですが、そんな思いがどこかにあるんですね。

 

ところがAKBにいる女の子というのは、綺麗な女性というより、

クラスに一人か二人、これぐらいの子ならいたなーという女の子たち。

 

彼女らには失礼かもしれませんが、これぐらいの子なら気さくに話しかけられるかなーと思える子が多いんです。

 

そしてそれを劇場で毎日公演をして、定期的に握手会というイベントを開く。

さらに年に1回完全な実力勝負の総選挙というイベントをやって、ランク付けをする。

 

キャバクラやホストクラブがやっていた、使命精度や実力勝負を

アイドの世界に取り入れた手法を取り入れていたんです。

 

水商売が景気が良い時も悪い時も一定数の需要があり、

そこに従事する人の中には天文学的な報酬を手にする人がいるのは

あなたも知っていると思います。

 

2000年代初頭にカリスマという言葉が流行った時、

カリスマ美容師、カリスマホストといった人が特集をされ

その人達の華やかな日常が紹介をされたことがあります。

 

そういった立ち位置とは真逆にいそうな子が

同じ手法で人気を集め、国民的アイドルと呼ばれるまでになった。

 

AKBは紅白に出場したり、レコード大賞を受賞をした

地位的にも確立されたアーティストにまで成り上がりました。

 

最初は批判をする側として見ていた僕も、

気がつけばAKBと名のつく動画は片っ端から再生をし、

有吉AKB共和国を予約録画するまでになりました。

 

批判されるから支持をされる

 

AKBの総選挙やCDの売り方は批判をされることがあります。

同じ人が何枚もCDを買うことが出来る、CDを大量に作り消耗させる。

 

僕も最初はここまでやらないとCDが売れないなんて世も末だなって思ったものです。

 

僕は今どちらかというとAKBが好きな側にいますが、

AKBの曲というのはそれほどクオリティは高くないと思っています。

 

もちろん他のアイドルの曲と比べれば覚えやすく

理解しやすい曲が多いのですが

10年後AKBの曲を聞いているかというと

まずまず聞いてないと思います。

 

10年後も聞いているのは、僕が子供の頃に聞いていた

小室さんの曲であり、YOSHIKIさんが書いた曲であり、LUNA SEAの曲です。

 

今振り返ると小室さんの曲も、XJAPANもLUNA SEAも批判をされていました。

 

批判をされていたと同時に僕のような熱烈なファンも同時にたくさん生まれました。

 

今、他ならぬ自分自身が情報発信をする側になり、全く同じことを感じています。

 

自分のメッセージ性が強ければ強いほど、反韓する人も出てきますが、

それ位以上に支持をしてくれる人が集まるんです。

 

嫌われることに味をしめる

 

正直僕ぐらい強いメッセージを打ち出せるようになると、

ビジネスとしてはかなり安定的な仕組みを作れるようになります。

 

他の人が僕と同じことをやろうとしてももはや追いつけない所まで僕は来てしまいましたし、

勉強をしまくり、実験と検証をしまくっているので未だに成長が衰えない。

 

20代の頃の爆発的な成長力を30代に入ってから取り返しつつあるんです。

 

どうして僕がこんな事ができるようになったかというと、

少しずつ自分のメッセージを打ち出しつつ、

敵も作りながらファンを作り、

味方を増やすことに味をしめたからなんですねw

 

自分にメリットがあると思えなければ

人間はその行動を継続したり強化することはありません。

 

情報発信も多くの人が試みますが、

その大半のケースにおいて活動が継続せず、

気がつけば更新が途絶え、ドメインが消える。

 

そんな人がとても多いですよね。

 

僕もその中の一人になってもおかしくないぐらい苦労をしてきましたが、

本気で成功したいという思いがあったこと、

色んなサービスや塾を見て、その実態の酷さに嫌気が差したことがあり、

自分がまっとうなものを作らなければいけないという使命感が途中からは出てきました。

 

そんな僕のメッセージや思いに共感できた人が日に日に集まり、

気がつけばキャズムを超えていました。

 

もう僕が嫌われたり、批判を恐れることはないでしょう。

 

むしろ批判や嫌われることがあればあるほど、

それだけ支持をする人が同時に集まってのだと

逆に勇気を受け取り、行動が強化されると思います。

 

そんな自分になれたのも、自分を凡人だと認識し、

堅実に行動を継続し続けることが出来たからだと思っています。

 

嫌われる勇気を発揮するには、自我を一度破壊し、

腹の底からのメッセージを絞り出してやる必要性があります。

 

それは恐らく大半の人にとって自力だけでは不可能なことだと僕は思います。

僕は他力を使ってここを突破しました。

 

なんで自分で嫌われる決意を持てない人は、

腹の底から出てくるメッセージを引き出してもらって

それを自分の中心において少しずつ自分を打ち出していけばいいのではないでしょうか?

 

 

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