細野悠輔自己紹介。何を思って生きていて、なぜこんな活動をしているのか?

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この記事の所要時間: 1816

こんにちは、細野です。

 

僕がどうしてこんなブログを立ち上げて、メルマガを発行しているのか、

YouTubeで情報発信を始めたのかを書きました。

 

こいつ面白いなって思ったら読んでもらえると嬉しいです。

 

細野って何してる人?

 

はじめまして、細野です。

 

現在は、インターネットで情報発信をしつつ、
コンテンツ販売やサイトアフィリエイト、

ビジネスを教える活動をしています。

 

起きる時間は自由、嫌な上司や取引先はなし、
毎日どこに行き何をするかは全部自分が決めます。

 

ストレスらしいストレスがない生活を送っているので
人生の充足感はかなり高いです。

 

嫌な人とは付き合わないし、

嫌な時間の過ごし方を強いられることもありません。

 

 

僕のビジネス歴

 

僕のビジネス歴は結構長くて、今年で7年目になります。
社員などは雇わず、外注さん数人と少数でビジネスを回しています。

今でこそ順調にビジネスが回っているように周りからは見られたりしますが、
最初からこんなに多くのことを自分一人で管理できたわけではありません。

僕の人生はずっと負け続ける所から始まっているんです。

 

偏差値30からの挫折人生

 

一番最初の挫折経験は小学校の頃です。

当時放送されていたらテレビドラマに憧れて
進学塾に通い始めたのですが、
元々勉強があまり好きではないので成績が上がりません。

親が心配をしてくれて、東大生の家庭教師をつけてくれたり、
塾長に相談をしてくれたりして、
なんとか私立の中学から合格はもらえたのですが、
別に特段行きたい学校ではなかったので、あんま嬉しくありませんでした。

 

そして、進学が決定した中学は全寮制の学校で、
中学一年目にして親元を離れて宿舎生活をしなければなりませんでした。

千葉県の山奥にある16人部屋に詰め込まれて、
毎日が食うか食われるかの壮絶な生活でした。

入学して3日で学校を辞めたいと思い、
外部受験をすることを決意したのを覚えています。

それぐらいキツく、この異常な生活から逃れたいと思っていたのです。

 

中学に入ってからも勉強をするようにはならず、
12教科中8教科を赤点を取るなど、
落第生のレッテルを入学早々貼られてのスタートでした。

そんなスタートだったけど、
周りの人が助けてくれて
朝学校が始まる前に数学を教えてくれたり、
補習クラスを先生が開いてくれて
なんとか中学の勉強で落第をせずに進級が出来ました。

中学3年生になる春休みに、
外部受験をどうしてもしたいと親を説得し、
個別指導の塾に通学し始めます。

当時はビビリで、先生に質問をしに行くことも出来ない、
言語化能力が低すぎて何がわからないかを伝えられない。

そんな子供でした。

 

でも成績はそれなりに上がり、高校への進学はなんとか決めることが出来ました。
ただ、単願受験という制度を使っての合格だったので
他の学校を受験することは出来なくなってしまいました。

僕が合格をもらった学校は茨城県のド田舎にあり、
自宅からは1時間以上通学に時間がかかります。

東京の高校に通って、おしゃれな女の子やクラスメイトと楽しい生活を過ごしたいと思った僕は軽い失意の元、嫌々進学を決めました。

 

高校で中学受験の失敗をリベンジするんだ。
高校では第一志望の学校に合格して、普通の生活をして、
友達をたくさん作る。

そう思って外部受験を決めたはずなのに、
またしても僕が決めた決断は妥協でした。

 

でも今更、元の中学に戻ることは出来ません。
両親には最後までこの高校だけは絶対に行きたくないと、何度も東京の学校を受験させてもらえるようにお願いをしましたが、
却下をされてしまいました。

今思えば断固とした態度を見せて、
学校の迷惑になろうが、自分の意志を貫き通すぐらいの覚悟を見せたほうが良かったのかな…。

 

 

妥協に妥協を重ねた人生にうんざりする毎日

 

そもそも単願受験なんかせずに、高校に受かる実力がない自分も自分なわけだけど。

高校に進学して、1年目はそれなりに楽しい時間を過ごすことが出来ました。

クラスメイトはおとなしい人が多く、
付き合いやすく普通の人が中心。

僕が夢見た生活に近いものでした。

 

ただ、田舎すぎて娯楽がないのと、
東京の学校と違って、学校の数事態が少なく、
他の学校の子と絡んだり、遊んだりするのが難しい環境でした。

「俺が求めていた普通の生活ってこんなもんなのかな…」

次第に毎日がルーチン化し、部活動もやっていなかったので
打ち込めることがないまま毎日が過ぎていきます。

 

高校二年になると大学受験に向けて、
理系にするのか文系にするのかを決めるよう学校から言われました。

そもそも理系と文系を分けちゃうとか
今振り返るとイミフなわけだけど、
当時はそういうものだと思ってたので
先生と相談して、理系に進学することに決めました。

僕は子供の頃からお金が大好きで
将来はお金持ちになりたいと文集にも書くような子供。

そして大人になったら医者になりたいと親にも周りにも言っていました。

 

なぜ医者なのかというと、人の命を救う尊い仕事だからではなくて、
医者の人はお金持ちが多いと昔から言われていたからです。

要は稼げる仕事、儲かる職業に就きたいと思っていたんです。

 

医者になるにはそれなりの成績がないと厳しいことはわかっていたけど、
当時は歯医者なんていいかなーぐらいのノリで、歯学部への進学を希望していました。

相変わらず学校の勉強は大嫌いだったので成績は上がらず、
最終的には1ミリの興味も持てない学部へエスカレート式でなんとか進学が決まります。
(僕の高校は日本で一番大きな大学の付属校だったので、選ばなければ大学進学は楽勝だったのです)

 

大学に進学した僕ですが、中学高校大学までもを妥協して決め、
自分がしたいことが努力すれば叶えられると信じられなくなっていました。

だから当時の僕は人の悪口を言ったり、
若くして成功している人の揚げ足取りをしたりと
本当にしょうもない性格の人間でした。

「こんなことをやっても自分にも周りの人にも良いことは一つもない。」
頭ではわかっているんだけど、誰かの批判をしなければ
自分を保つことが出来ませんでした。

今でこそ、この状態はエネルギーバンパイアに陥っていた状態と説明することが出来ますが、
当時はそんなことを知るわけもなく、
ただただ自分のことが嫌いでした。

 

たった一つの成功体験が僕を変えた

 

そんな僕だったけど、一つだけ強い情熱を注げることがありました。

パソコンです。

高校に進学したあたりから、自分と気の合う友人が出来なかった僕は、
インターネットに接続して、ネット上で自分と共通の趣味を持つ友人を見つけるようになったのです。

はじめて友だちになったのは海外に住む、日本の音楽が好きな女の子でしたね。
英語でのコミュニケーションでしたが、自分と同じ趣味を持つ人、
仲良くしてくれる人がネット上にいることがとても不思議でした。

 

どんどんのめり込むようになり。
自分で部品を集めてパソコンを作る方法(自作パソコンといいます)を友達から教えてもらうように。

自分でも少しずつ自作するようになり、
自作パソコンの世界に夢中になりました。

 

そして、人から相談を受けて自作パソコンの助言をしたり、
ネットを通じて知り合った先輩から頼まれて自作パソコンをネットで売るようになったのです。

 

最初は個人で家の中にある不要品を売っていたのですが
それを見ていた先輩が
「俺のいらなくなったパーツを売ってくれよ」と僕に仕事をくれるようになり、
売上の半分を僕にくれたのです。

 

先輩は当時すでに社会人。
毎日朝から晩まで仕事をしていてお金はあるけど時間がない生活。

学生だった僕はお金はないけど、社会人の人と比べたら時間がありました。
勉強してなかったしね。

 

そこで僕らはお互いの価値を交換し、
僕はお金を、先輩は時間と労力を手にする事で
ビジネスが成立したのです。

そして先輩が人にも僕がオークションをやっていることを話してくれて、
色んな人から仕事が舞い込むようになりました。

かなりの数の商品をオークションで扱うようになり、
大学の教科書であるとか、通学のための定期のお金、学食のお金を
自分で払えるようになっていました。

 

アルバイトもしていたのですが、
好きでやっていたわけではないですし、
どんなバイトをしても3ヶ月と持たずにやめてしまっていました。

 

そんな僕が長く続けられたのが、
自作パソコンとオークション、
そしてインターネットでの交流だったのです。

 

そこから先はシンプルでした。

インターネットで物が売れるとわかったので、
安く売ってる商品を店舗で仕入れてきてネットで転売したら利益が出せるなーと思い、
秋葉原でパソコン関連の商品を仕入れてネットで転売するようになりました。

 

そんなことをやっていたら、
就職活動をしなければならなくなり、
就活をしながら、転売を続けるように。

筆記試験の対策の本とか、ロジカルシンキングの本を仕入れて
Amazonで売っていました。

就活ではインターネット系や証券会社を中心に回っていました。
だけど、これも行きたい会社から内定がもらえなくて、ここでも妥協することに。

 

どんだけ負け続けて妥協しまくってんだって話です。
でも力がないと、納得できない結果に甘んじなければいけない。

「これから先の人生も妥協を続けて生きていくんだろうか…。
就職も結婚も、家選びも全部…。」

そう考えた時に、率直に妥協を重ねる人生はもう嫌だなって思いました。

 

僕が起業した理由

 

「行きたい会社がないなら自分で行きたい会社をつくろう」

そう思って起業をし、現在に至ります。

僕のストーリーというのは、一握りの特別優秀な人だから出来たことではありません。

 

多分これを読んでくれてる大半の人よりも、学校の成績も悪かったし、
コミュニケーション能力も低かっただろうし、
自分を表現する力もありませんでした。

そこから僕なりにもがき、色々チャレンジしてきて今の僕があります。

経験だけならここには書ききれないぐらいしてきています。

 

なぜこんな活動を僕がやっているのか?

 

そんな僕だから、これから自分の人生を切り拓こうとしている人に対して
一歩先を歩いている先輩として語れることがあるんじゃないか?

僕のように基軸となる経験があって、
きっかけがあればそれをビジネスにして自分を表現できるようになる人がいるんじゃないか?

そんな人の応援をしたいし、サポートをやっていきたい。

そう思って僕はメールマガジンやYouTubeで情報発信をすることにしたのです。

 

世の中夢や目標があるけど、お金の問題でそれが実現できなかったり、

やりたくもない仕事や生活に我慢をして過ごしている人がいます。

 

僕もそういった生活をずっと続けてきて、

毎日が嫌でしたし、こんな生活続けたくないと

うんざりしていました。

 

そこからたまたまきっかけを得て成功をし、

自分の行きたい人生を生き、

付き合いたい人とだけ付き合い、

時間的な成約にも場所的な制約にも縛られない人生を手にしました。

 

これは僕だから出来たことではなく

僕の考え方や取り組んでいるビジネスの仕組みを伝えたら

誰でも同じ結果を出せると考えています。

 

なので僕が取り組んで結果が出た仕組みや

現在進行形で取り組んでいる研究成果をリアルタイムで発表しながら

一緒に成長しながら、夢を実現していきたい。

 

上辺でしか人は自分を見ない。そういう意味での実力をまずは身に付けろ

 

ホント、お金のことなんかで悩む時間は1秒でも早く卒業をして欲しい。

 

そんなことやってる場合じゃないよね。

やりたかったことがあったはずじゃないですか。

 

お金の問題が解決したら、収益性には乏しいけど社会的な意義があることや、

自分の好きなことに時間を使う余裕が持てます。

 

そして得てして世の中を面白く、アツくするのは

一見無駄に見えるような活動や趣味だったりすんです。

 

お金の問題を解決してそういう活動に取り組む人が増えたら

きっと世界は今よりも面白く、素晴らしいものになると考えています。

 

だから最初は金の亡者の如く、お金を稼ぐスキルを見について欲しい。

 

そこから自分の信念や哲学というのが生まれていきますから。

 

厳しいけど、実績がない人や金を持ってない人間の話を

周りの人間は聞いてくれません。

 

あなたを軽んじてくるんです。

そういう失礼ない対応って嫌ですよね。

 

これが実績がある、お金があるとわかった瞬間に

周りの態度って豹変します。

 

何よりも誰にも頼らずに生活をしている、

本当の意味で自立した人間として尊敬もされます。

 

そこにこれを読んでいるあなたにも到達して欲しい。

 

そのための解決策を考えて、サービスとして提供することにしました。

 

僕のサポートポリシー

 

僕のYouTubeを見たことがある人はわかるかもしれませんが、

僕はおかしいことはおかしいと指摘します。

 

間違ったことをやっていたら、それっておかしいから直したほうがいいよって

ハッキリいいます。

 

そういう風に言われるのは年を取れば取るほどしんどく感じるかもしれません。

人によっては僕の指導を厳しいと感じる人もいるようです。

 

ただ僕自身は良くない癖はさっさと治したほうがいいし、

自分自身が成長してくれたのは厳しい環境に見を置くことが出来たからだと考えています。

 

当時は地獄でしたが寮生活をしたことで挨拶やお礼が言えるようになりました。

 

意外と挨拶、感謝が出来ない人って多いですよ。

子供ならまだしも大人でね。

 

目標を達成するための姿勢も同様で、

アメリカに留学した時、起業した直後にビジネスの師匠を見つけて弟子入りした時。

 

全て厳しい環境でしたが、嫌がらせで自分に厳しくされているのではないとわかっていたので、

頑張ることが出来ました。

 

昨今褒めないと伸びないとか、

自己重要感を満たして伸ばすという教育方針にスポットが当たることがあります。

 

もちろん入口の部分でそういったものを提供する事が大事な仕事もあると思います。

 

ただ僕がやっていることは教育ビジネスです。

 

教育業というのはビジネスであると同時にサービス業なわけですが、

僕にとっては相手の現実を変えて、彼が望む世界に彼の力で到達するきっかけを与えることだと思ってます。

 

言うなればマトリックスのモーフィアス的な存在です。

 

そのためには古い世界の価値観や習慣を引きずっていたらダメなんです。

 

自分のやり方にしがみついていたら成功することは出来ません。

 

僕は相手の言っていることが正しいか正しくないかで判断を決めます。

 

だから例えばあなたが僕と会って、僕が話すことよりもさらに効率的で

メリットがデメリットを大幅に上回る提案をされたら

1秒で採用をします。

 

相手の経験が浅いからとか、自分より若いからとか関係ない。

 

正しけれれば採用、おかしければおかしいと言う。

そんだけです。

 

実際に教える活動をしていても

怒ってもらえる事に価値を感じてくれる人は多いです。

 

大人になると怒ってもらえなくなりますからね。

 

もちろんブラック企業みたいに搾取をして、

相手のセルフイメージを下げることによって

奴隷化をする教育であれば批判をされても文句が言えないでしょう。

 

ただ僕の教育というのは搾取が目的ではなくて

まっさらな心に新しいOSとマインドセットをインストールしてもらうためのもの。

 

だから一旦自我を破壊して、変化を拒む心や、

良くない習慣を完全に破壊してもらうという工程が必要なんです。

 

成功するためにはテクニックが必要と考えている人も多いかもしれませんが、

テクニックだけではダメです。

 

優れたテクニックとマインドセットの両方が満たされて

始めて人は進化をすることが出来るのです。

 

そして進化をした自分は、昨日まで出来なかったことが出来るようになり、

見えてくる世界が変わり、

行動も価値観も成功者と同じになっていくのです。

 

 

変わることは難しくない。だけど変わるという選択を避けようとする

 

年を取れば取るほど成功をするのは難しくなります。

非常に厳しい指摘ですが、利害関係が複雑になり、会社の立場も上がっていくと、

自分のしたいことよりも、回りのバランスを維持することのほうが大事なっていきます。

 

そうなると経済的にもっと豊かになりたいと思っても、

今の生活を手放す恐怖や周りの人への影響が気になり

自分の思いを口に出したり、行動にすることが出来なくなるんです。

 

身も蓋もないシビアな数字を断定してしまうと、

25歳ぐらいが一つのラインになります。

 

25ぐらいまでなら変なプライドがないので

素直に行動をして最短ルートで成功が出来ます。

 

ただ25を超えると肉体的にも精神的にも劣化をしていくので、

血を吐くような努力をしないと変われません。

 

その代わりまっとうな金銭感覚で生活をしていれば

25も過ぎれば貯金が数百万単位で貯まるので

ビジネスにチャレンジして失敗をしながら自分の道を模索する余裕が生まれるんです。

 

若い人は最初から良い指導者を見つけることが出来ればすぐに結果が出ますが、

結果が出たら出たで、逆に次にどうすればいいか

アイデンティティクライシスに陥ることがあります。

 

僕はこの記事を書いている時点で年齢が32歳なのですが、

25を過ぎてしまった人と、25にまだなってない人

両方の気持ちを理解できるバランスのいい年代だと考えています。

 

なんせ落ちこぼれから死ぬほど勉強して日本のトップ5%まで成り上がりましたから。

 

自分が成功できた理由も論理的に全て話すことができるので、

第三者を自分と同じステージまで引き上げることも容易です。

 

実際僕とJVしているパートナーの人は、

僕とダッグを組んだことで月収が100万を切ることがなくなりましたから。

 

僕自身もそうですが、一人のお客さんと長くお付き合いすることを前提にビジネスを組んでいるので、

僕とタッグを組んだり、僕からビジネスを学ぶことで

息の長い仕組みを作ることが出来るんですね。

 

若い時はこの視点がなかったので、

刹那的な瞬間最大風速を大きくすることばかり考えていました。

 

ただそれは年齢的にもしんどくなってきたので

つくった仕組みをブラッシュアップしつつ

新しいことにもチャレンジをして

どんどん強固な要塞を作っていくイメージで

現在は活動をしています。

 

このように何もない所から、自分の理想を持って活動をしてきて

その多くを実現する事が出来た僕だから語れること

見せられる世界があると思ってます。

 

人生変わるか変わらないかなんて

一瞬です。

 

一瞬の経験でも強烈で濃い体験をしたら人は変わります。

 

そして僕のメルマガでもYouTubeでも他の人とはちょっと違う

強烈な経験が出来ることを念頭に作っています。

 

そんな僕のスタンスやビジョンに共感できた方は

メルマガでお会いしましょう。

 

ブログやYouTubeでは話していない

さらに深い世界をお見せしていきます。

 

 

 

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